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フサイチゼノン : ウィキペディア日本語版
フサイチゼノン

フサイチゼノン(、1997年3月2日 - )は日本中央競馬会に登録されていた元競走馬で、現在はアメリカニューメキシコ州のウェザーリー・ファームに繋養されている種牡馬である。全弟アグネスゴールドリミットレスビッドらがいる。
== 競走馬時代 ==
栗東田原成貴厩舎に入厩したフサイチゼノンは1999年12月21日にデビュー戦を飾り、2戦目で重賞シンザン記念に挑戦したが、折り合いを欠いてダイタクリーヴァの5着と敗退。3戦目の自己条件のこぶし賞を6馬身差で圧勝すると、4戦目の弥生賞では1番人気に押され、早め先頭からエアシャカールラガーレグルスの追撃を抑え重賞初制覇。この時点で牡馬クラシックの最有力候補となった。
そして最初のクラシック皐月賞へ駒を進めるのだが、レース数日前に脚部不安が生じて、田原が万全な出走ができないとして関口に十分な説明がないまま4月12日の記者会見で皐月賞を回避すると発表した。翌日ゼノンは右腕節炎が判明して皐月賞への出走は不可能となるが、関口は自分には無断で記者会見を開き、その内容に激怒してゼノンを田原厩舎から森秀行厩舎へと転厩させる処置を行なった。のちに関口は「出走回避については事前に連絡を受けており承諾していた。ただし、その後記者会見をする際の仕切りが自分の意に沿うものではなかった。それに対して田原から一切謝罪が無かったことが関係悪化の原因」と説明している。さらに田原はゼノンの距離適性から東京優駿を回避する方向で決めており、これに対しても関口は強い不満を示したと言われている。
12月27日山元トレーニングセンターから栗東トレーニングセンターへと帰厩したゼノンは翌年アメリカニール・ドライスデール厩舎に転厩させ、サンデーサイレンスの子をアメリカの地で走らせたいという関口の希望を、共同馬主の社台ファームと森調教師の了解を得て正式決定した。
古馬になった翌年2001年に復帰。2月の白富士ステークスが5着、3月の大阪城ステークスが12着。そしてアメリカへと渡り異国の地で競走生活を送ることとなった。しかし、脚部不安により満足にレースが使えず、アローワンス競走が2着、マンノウォーステークスが4着となり、これが最後のレースとなって翌年2002年11月に引退。アメリカで種牡馬生活に入った。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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