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スール朝 : ミニ英和和英辞書
スール朝[すーるあさ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
: [あさ, ちょう]
 (n-adv,n-t) morning

スール朝 : ウィキペディア日本語版
スール朝[すーるあさ]

スール朝とは、1539年から1555年の間にかけて、北インドを支配したインド王朝である。王朝を創始したのは、ビハール南部を根拠地においていたシェール・ハーン・スーリー(即位後シェール・シャー)である。デリー・スルターン朝のひとつに数える研究者もいる。
== 概要 ==

=== 成立・全盛期 ===

1539年12月、シェール・シャーはムガル帝国第2代皇帝であるフマーユーンを撃破し、北インドにおける真のスルターンであると宣言し、即位した〔ロビンソン『ムガル皇帝歴代誌』、p.181〕。王朝の名前は自らが、所属するアフガン系の部族名に由来する〔小谷『世界歴史大系 南アジア史2―中世・近世―』、p.149〕〔ロビンソン『ムガル皇帝歴代誌』、p.181〕。
初代スルターンであるシェール・シャーは、後のムガル帝国で大成されていく地租制度・軍事制度といった重要な施策を行った。地租の現金納への改正、地租のための測量の実施、検見法の導入などである〔小谷『世界歴史大系 南アジア史2―中世・近世―』、p.150〕〔ロビンソン『ムガル皇帝歴代誌』、p.181〕。
また、現在では、UNESCOの世界遺産に登録されているロータス・フォートパンジャーブ地方に建設することで中央アジアからの遊牧民族進入の備えとした。
これらの改革によりスール朝は全盛期を迎えたが、シェール・シャーは1545年5月22日に不慮の死を遂げてしまった〔小谷『世界歴史大系 南アジア史2―中世・近世―』、p.150〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「スール朝」の詳細全文を読む




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