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ウラジーミル・コロレンコ : ミニ英和和英辞書
ウラジーミル・コロレンコ[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

ウラジーミル・コロレンコ ( リダイレクト:ウラジミール・コロレンコ ) : ウィキペディア日本語版
ウラジミール・コロレンコ[ちょうおん]
ウラジーミル・ガラクティオノヴィチ・コロレンコロシア語, 1853年7月27日ユリウス暦7月15日) - 1921年12月25日)は、ロシア短編小説家ジャーナリスト'', 1853年7月27日ユリウス暦7月15日) - 1921年12月25日)は、ロシア短編小説家ジャーナリスト
== 生涯 ==
ウクライナ人官吏の息子としてジトームィルに生まれる。モスクワの農学校に学ぶが、ナロードニキ運動に関わったとして放校となり、さらにキエフに追放される。1879年に最初の小説が出版されるが、同年革命運動を行ったとして投獄され、さらにシベリアに追放された。モスクワに戻った後、1885年に瀕死の農夫が見た不思議な夢を描いた短編『マカールの夢』を発表し、作家としての名声を獲得。その後も『盲音楽師』『川がはしゃぐ』など、人道主義的な立場から、ロシアの民衆や自然を描いた数多くの短編を発表して高く評価された。ロシア科学アカデミーの会員にも選出されたが、1902年にマクシム・ゴーリキーの同会への入会取り消しに抗議してアントン・チェーホフとともに辞任した。
作家活動の傍ら、1895年に雑誌『ロシヤの富』の編集長となり、ツァーリズムを批判するとともに、文芸評論にも健筆を振るった。1917年ロシア革命が起こると初めは賛成の立場を取ったが、やがてボルシェビキの急進的な活動に対して失望し、ロシア内戦時には赤軍白軍双方を厳しく批判した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ウラジミール・コロレンコ」の詳細全文を読む

英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Vladimir Korolenko 」があります。




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