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長勝院 : ミニ英和和英辞書
長勝院[ちょうしょういん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [おさ]
 【名詞】 1. chief 2. head 

長勝院 : ウィキペディア日本語版
長勝院[ちょうしょういん]
長勝院(ちょうしょういん、天文17年(1548年) - 元和5年12月6日1620年1月10日))は、戦国時代から江戸時代初期にかけての女性。江戸幕府の初代将軍徳川家康側室於万の方小督局とも。結城秀康の生母。
== 生涯 ==

天文17年(1548年)、三河国知鯉鮒明神の社人・永見吉英の娘として誕生する。名は
はじめ徳川家康の正室・築山殿奥女中だったが、家康の手付となり、於義丸(のちの結城秀康)を生んだ。この時、双子であったといわれ、俗に永見貞愛がもう一人にあたるという。当時、双子は「犬畜生と同じ双子腹」と忌み嫌われていたため、貞愛は万の実家・永見家に預けられ、於義丸も家康に嫌われ2歳(または3歳)の時に初めて家康と対面した。
天正12年(1584年)、11歳の於義丸が豊臣秀吉の養子となり、のちに元服し秀康と改名した。秀康は結城晴朝の養女・江戸鶴子と結婚し、婿養子として結城氏を継いだ。関ヶ原の戦い後は秀康が北ノ庄城の城主となったため、万もこれに同行する。慶長12年(1607年)に秀康が北ノ庄にて急死すると、家康の許可なしに出家するが、咎めはなかった。
元和5年(1619年)に72歳で死去した。戒名は長勝院松室妙戴大姉。墓所は永平寺

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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