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渋川敬尹 : ミニ英和和英辞書
渋川敬尹[しぶかわ ひろただ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [しぶ]
 (n) astringent (puckery) juice (of unripe persimmons)
: [かわ]
 【名詞】 1. river 2. stream 
: [いん]
 【名詞】 1. official rank 

渋川敬尹 : ウィキペディア日本語版
渋川敬尹[しぶかわ ひろただ]
渋川 敬尹(しぶかわ ひろただ、元禄9年(1696年)-享保11年4月10日1726年5月11日))は、江戸時代中期の江戸幕府天文方。通称右門。子に渋川則休光洪
囲碁の家元安井家の三世安井知哲の次男として京都に生まれる。正徳5年(1715年)4月に伯父である初代天文方渋川春海の嫡男で2代目となっていた従兄の渋川昔尹が子の無いまま急逝し、隠居である春海も病気となった。そこで同年6月に急遽渋川家の家督と天文方を継ぐ。同年10月には春海も病没した。
享保6年(1721年)に幕府に願出て、築地木挽町に500坪の土地を拝領し、駿河台から天文台を移転させて観測体制の強化を図るが、5年後に31歳で急死する。嫡男の渋川則休が幼かったこともあり、渋川春海の高弟・遠藤盛俊の門人である渋川敬也養子に迎え、則休をその養子とすることで家名存続を図った。法号は翠筠軒心空紹光居士。
墓は東京都品川区東海寺
== 参考文献 ==

*渡辺敏夫「渋川敬尹」(『国史大辞典 7』(吉川弘文館、1986年) ISBN 978-4-642-00507-4)



抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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