翻訳と辞書
Words near each other
・ 水島 (新開地)
・ 水島 (曖昧さ回避)
・ 水島 (熊本県)
・ 水島 (福井県)
・ 水島 (秋田県)
・ 水島あや
・ 水島あやめ
・ 水島かおり
・ 水島の合戦
・ 水島の変
水島の戦い
・ 水島の陣
・ 水島よう子
・ 水島インターチェンジ
・ 水島ガス
・ 水島コンビナート
・ 水島タクシー
・ 水島タクシー株式会社
・ 水島ヒロ
・ 水島一也


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

水島の戦い : ミニ英和和英辞書
水島の戦い[みずしまのたたかい]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [しま]
 【名詞】 1. island 
: [いくさ]
 【名詞】 1. war 2. battle 3. campaign 4. fight 
戦い : [たたかい]
 【名詞】 1. battle 2. fight 3. struggle 4. conflict 

水島の戦い : ウィキペディア日本語版
水島の戦い[みずしまのたたかい]

水島の戦い(みずしまのたたかい)は、平安時代末期における治承・寿永の乱戦闘の一つである。寿永2年10月1日ユリウス暦1183年11月17日 グレゴリオ暦換算1183年11月24日)、備中国水島(現在の倉敷市玉島)〔現在、水島といえば倉敷市水島もしくは、水島群島(上水島・下水島)を指すが、合戦当時は、現在の同市玉島地域にある柏島もしくは乙島(ともに現在は陸地化)、あるいは両島および周辺の島々の総称であったとされる。〕において源義仲軍と平氏軍との間で行われた。
== 概要 ==
当時、平氏軍の拠点は讃岐屋島にあった。平氏を追討するため、寿永2年(1183年)9月20日に源義仲軍は都を出発して屋島方面へ進軍していったが、閏10月1日、四国へ渡海する前に、水島付近で平氏軍に敗れた。義仲軍を率いていたのは、義仲の部将足利義清海野幸広である。
平氏は、軍船同士をつなぎ合わせ、船上に板を渡すことにより、陣を構築した。源平両軍の船舶が接近し、互いに刀を鞘から抜いて、今にも白兵戦を始めようかという時、平氏の射手が義仲軍へ矢を浴びせかけて戦闘が開始した。平氏軍は船によく装備された馬を同乗させており、その軍馬とともに海岸まで泳いで上陸した。最終的に平氏軍は勝利し、義仲軍は足利義清・海野幸広の両大将や足利義長(義清の弟)、高梨高信、仁科盛家(仁科氏)といった諸将を失い壊滅、京都へ敗走することとなった。この勝利により平氏軍は勢力を回復し、再入京を企て摂津福原まで戻り、一ノ谷の戦いを迎えることとなる。
なお、この戦いの最中に95%ほど欠けた金環食が起こったことが、「源平盛衰記」等の資料によって確認されている。(参照:「日食」→日本での記録→金環日食)
当時、平氏は公家として暦を作成する仕事を行なっていたことから、平氏は日食が起こることを予測しており、それを戦闘に利用したとの説がある。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「水島の戦い」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.