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毛内茂幹 : ミニ英和和英辞書
毛内茂幹[もうない しげもと]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [もう, け]
 【名詞】 1. hair 2. fur 
: [うち]
 【名詞】 1. inside 
: [みき]
 【名詞】 1. (tree) trunk 2. (arrow) shaft 3. (tool) handle 4. backbone 5. base 

毛内茂幹 : ウィキペディア日本語版
毛内茂幹[もうない しげもと]

毛内 茂幹(もうない しげもと)は、江戸時代後期の弘前藩の武士。
== 生涯 ==
天明2年(1782年)、父茂粛が隠居し、家督300石を継いだ。寛政2年(1790年)より諸手足頭、持筒足軽頭、大組武頭、持槍奉行などを歴任した。同10年(1798年)より大目付、後に用人となる。文化3年(1806年)に留守居組頭となった。同8年(1811年)に隠居し、剃髪した。号は雲林。
幼少より絵画や和漢、地理、暦法、茶道、華道、書道など多彩な分野に才能を示した。特に絵画は江戸で独学で学び、後に南画を習得した。津軽の南画の始祖といわれている。また邸内に春秋庵という庵を作り、身分の貴賤に捕われず、風流を楽しんだ。谷文晁比良野貞彦と交流し、門下生も数十人を超えていた。主な門下生として、松山雲章、工藤五凰、平尾魯仙、片谷楽斎、工藤立凰、矢部義貞など。後に溝城茂として、諸国を廻り、紀行画も多数残した。また、三上隆圭、石山月澗らと山水画も描いている。孫は新選組隊士の毛内有之助

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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