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梅山無一軒 : ミニ英和和英辞書
梅山無一軒[うめやま むいっけん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [うめ]
 【名詞】 1. (1) plum 2. Japanese apricot 3. prunus mume 4. (2) lowest (of a three-tier ranking system) 
: [やま]
 【名詞】 1. (1) mountain 2. (2) pile 3. heap 4. (3) climax 5. critical point 
: [む]
 【名詞】 1. nothing 2. naught 3. nought 4. nil 5. zero
: [いち]
  1. (num) one 
一軒 : [いっけん]
 (n) one house
: [のき]
 【名詞】 1. eaves 

梅山無一軒 : ウィキペディア日本語版
梅山無一軒[うめやま むいっけん]

梅山 無一軒(うめやま むいっけん) / 西 昌盛(にし まさもり)は、江戸時代武士人吉藩士)、修験者
実名は西昌盛であり、当人は梅山姓を一度も名乗っていないが(西氏が梅山姓を名乗っていたのは戦国時代までで、再び名乗り始めるのは孫の昌寿から)、本項では『南藤蔓綿録』並びに『嗣誠独集覧』の編纂者名として定着している方を記事名とする。
==生涯==
昌盛(後の無一軒)は、山伏である般若院行盛の次男として生まれた。その後、同じく山伏の家系である西昌敷の婿となり、人吉藩の大御台所役および御家剣術師範方に任じられ(任命された年は不詳)、老齢となるまでの数十年間務めあげる。
安永4年(1775年)、昌盛は上原英清より、心形刀流目録序、並びに同目録を受ける。3年後の安永7年(1778年)には別府四兵衛より塚原卜伝流人物次第相伝免許状を、その翌年の安永8年(1779年)には心形刀流表位免状を受けて、常謹子と号した。また同年、心形刀流抜合目録序も受けている。
文化10年(1813年)に新規の一人扶持格となる。また文化年間に『南藤蔓綿録』14冊分、『嗣誠独集覧』28冊分を著している。文政6年(1823年)、老齢を理由に職を辞すると山伏となり、文政9年(1826年)に吉野山永久寺に入山、権大僧都に補され無一軒と号した。
文政11年(1828年)に死去。家督は次女の婿である西昌幸が継いだ。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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