翻訳と辞書
Words near each other
・ 東京市電運転手連続殺傷事件
・ 東京市養育院
・ 東京帝国大学
・ 東京帝国大学史料編纂所
・ 東京帝国大学地震研究所
・ 東京帝国大学官制
・ 東京帝国大学工学部
・ 東京帝国大学工科大学
・ 東京帝国大学法科大学
・ 東京帝国大学社会科学研究所
東京帝国大学第二工学部
・ 東京帝国大学航空研究所
・ 東京帝国大学農学部
・ 東京帝国大学農学部実科
・ 東京帝国大学農科大学
・ 東京帝国大学農科大学実科
・ 東京帝國大学
・ 東京帝國大學
・ 東京帝大
・ 東京帝大総長


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

東京帝国大学第二工学部 : ミニ英和和英辞書
東京帝国大学第二工学部[とうきょうていこくだいがくだいにこうがくぶ]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ひがし]
 【名詞】 1. east 
東京 : [とうきょう]
 【名詞】 1. Tokyo (current capital of Japan) 
: [みやこ, きょう, けい]
 【名詞】 1. capital 2. metropolis
: [みかど]
 【名詞】 1. (1) emperor (of Japan) 2. mikado 3. (2) (the gates of an) imperial residence 
帝国 : [ていこく]
 【名詞】 1. empire 2. imperial 
: [くに]
 【名詞】 1. country 
国大 : [こくたい, こくだい]
 【名詞】 1. national university 
大学 : [だいがく]
 【名詞】 1. (1) university 2. (2) the Great Learning - one of the Four Books 
: [がく]
 【名詞】 1. learning 2. scholarship 3. erudition 4. knowledge 
: [だい]
 (n,pref) ordinal
第二 : [だいに]
 (n) second
: [に]
  1. (num) two 
: [たくみ]
  1. (n,adj-na) (1) workman 2. artisan 3. mechanic 4. carpenter 5. (2) craft 6. skill 7. (3) means 8. idea
工学 : [こうがく]
 【名詞】 1. engineering 
工学部 : [こうがくぶ]
 【名詞】 1. department (or school) of technology, engineering or science 
学部 : [がくぶ]
 【名詞】 1. department of a university 2. undergraduate 

東京帝国大学第二工学部 : ウィキペディア日本語版
東京帝国大学第二工学部[とうきょうていこくだいがくだいにこうがくぶ]
東京帝国大学第二工学部(とうきょうていこくだいがくだいにこうがくぶ)は、東京帝国大学(現・東京大学)1942年から1951年まで千葉県千葉市弥生町に設置していた工学系の学部である。略称は「二工」、蔑称は「戦犯大学」。
なお、東京都文京区本郷にあった従来の東京帝国大学工学部は、第二工学部が存続していた期間は「第一工学部」と改称している。
== 概要 ==
東京帝国大学第二工学部は、第二次世界大戦が激化する当時の情勢下において、軍事産業を支える工学者技術者を養成するために、設置された。第二工学部の学科構成は本郷の第一工学部とほぼ一緒で、
:機械、電気、土木、建築、船舶、造兵、応用化学、冶金、航空、航空原動機
の10学科構成で、3つの共通教室も設置された。
教職員は学部長の瀬藤象二を筆頭に、教授45名・助教授32名・他15名・職員308名・合計441名であった。教官の半数はメーカー出身者が占め、他大学の出身者や若手教官、本郷からの移籍組からなる混合部隊で、助教授の自由度も高かった〔。戦争中のため校内では農作物が栽培され、男子職員の出征に伴い女子職員が増えていった〔20年誌〕。また、研究設備を疎開させる研究室もあった。
学生定員数は420名(機械のみ60名、他9学科は各40名の定員)で、学部廃止までに2562名を輩出した〔。学生は入学に際して第一工学部か第二工学部かを選ぶことができず、大学側で両学部の学力が均等になるように調整された〔。
敷地面積は14.7万坪(48.5ヘクタール)であり、最寄り駅は総武線西千葉駅であった。なお、西千葉駅が出来たのは第二工学部に学生が入学して半年たってからであり、それまでは教職員・学生とも稲毛駅から2kmの距離を歩いて通学していた。
また、東京帝国大学の全面協力のもと、興亜工業大学(現・千葉工業大学)が1942年(昭和17年)に創立されて以来、興亜工業大学と東京大学工学部の学術交流は深く、興亜工業大学が千葉県に移転し、千葉工業大学と改称後もその関係は続いた。その中でも特に、同じ千葉県にあったことから第二工学部との学術交流が盛んで、東京帝国大学第二工学部に進学し、研究に従事する者も多かった〔国立国会図書館蔵書。〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「東京帝国大学第二工学部」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.