翻訳と辞書
Words near each other
・ 服部虎男
・ 服部裕昭
・ 服部記義
・ 服部誠
・ 服部誠一
・ 服部譲二
・ 服部譲次
・ 服部貞勝
・ 服部逸郎
・ 服部道子
服部達
・ 服部達哉 (競艇選手)
・ 服部金太郎
・ 服部銈二郎
・ 服部長七
・ 服部陽介
・ 服部隆之
・ 服部雄一
・ 服部雄節
・ 服部雅春


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

服部達 : ミニ英和和英辞書
服部達[はっとり たつ]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ふく]
  1. (n,n-suf) clothes 
: [たち, たっし]
  1. (n-suf) plural suffix 

服部達 : ウィキペディア日本語版
服部達[はっとり たつ]
服部 達はっとり たつ 1922年大正11年)2月13日 - 1956年昭和31年)1月1日)は日本文芸評論家
第一高等学校理科を経て京都大学文学部独文科卒業。1954年(昭和29年)、奥野健男日野啓三清岡卓行村松剛島尾敏雄遠藤周作吉本隆明たちと「現代評論」を創刊。同年「新世代の作家たち」を発表。1955年(昭和30年)、評論「われらにとって美は存在するか」を「群像」に連載。マルクス主義を背景にしたイデオロギー的批評の全盛期にあって、それとは全く異質な審美的批評の確立を図り、新進批評家として注目を集める。
しかし出版社への借金が嵩み、このことを苦にして、1956年(昭和31年)1月1日、八ヶ岳山麓の清里村キリスト教団清里センター清泉寮から失踪。睡眠薬を服用の上、雪山の中に深く分け入り、凍死を遂げた。当初は行方不明と思われたが、約半年後に小海線鉄橋近くで遺体が発見された。
死後、安岡章太郎、遠藤周作、村松剛の尽力により、遺稿集『われらにとって美は存在するか』(1956年)が審美社から公刊された。安岡は、服部の死を題材にして、小説『舌出し天使』を書いた〔中公文庫『舌出し天使』の解説で日野啓三は「最後の雪山での凍死行も、…服部達の行動を安易に借りたような気配も強い。…生前の服部達を多少知っている私は、全然といっていいほど、この作品の「僕」に服部達を感じなかった」と書いている。〕。
==著書==

*『われらにとって美は存在するか』審美社、1956 のち講談社文芸文庫(勝又浩編) 

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「服部達」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.