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新潟デザイナー誘拐殺人事件 : ミニ英和和英辞書
新潟デザイナー誘拐殺人事件[にいがたでざいなーゆうかいさつじんじけん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [しん]
  1. (n,n-suf,pref) new 
: [かた]
 【名詞】 1. lagoon 
: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
誘拐 : [ゆうかい]
  1. (n,vs) abduction 2. kidnapping 3. kidnaping 
: [さつ]
 【名詞】 1. kill 2. murder 3. butcher 4. slice off 5. split 6. diminish 7. reduce 8. spoil 
殺人事件 : [さつじんじけん]
 (n) murder case
: [ひと]
 【名詞】 1. man 2. person 3. human being 4. mankind 5. people 6. character 7. personality 8. true man 9. man of talent 10. adult 1 1. other people 12. messenger 13. visitor 1
人事 : [ひとごと, じんじ]
 (n) other's affairs
: [こと]
 【名詞】 1. thing 2. matter 3. fact 4. circumstances 5. business 6. reason 7. experience 
事件 : [じけん]
 【名詞】 1. event 2. affair 3. incident 4. case 5. plot 6. trouble 7. scandal 
: [くだん, けん]
 【名詞】 1. matter 2. case 3. item 

新潟デザイナー誘拐殺人事件 : ウィキペディア日本語版
新潟デザイナー誘拐殺人事件[にいがたでざいなーゆうかいさつじんじけん]
新潟デザイナー誘拐殺人事件(にいがたデザイナーゆうかいさつじんじけん)とは新潟県で発生した身代金目的の誘拐殺人事件である。なお事件名の由来は被害者の職業に由来する。また死刑囚になった犯人が獄中で自殺した事例である。
営利誘拐で700万円の身代金は、日本の犯罪史上例のない高額の要求であった〔新産都市へかけた夢のはて 読売新聞 1965年1月24日 朝刊15頁〕。
== 事件の概略 ==
1965年昭和40年)1月13日の午後8時半ごろ、新潟市ガソリンスタンド経営者の自宅に警察を名乗る者から、そちらの乗用車が邪魔になっているという電話が掛かってきた。この電話に出たこの家のデザイナーの三女(当時24歳)は、電話では話の要領を得ないとして自宅から300m離れた現場に向かったが、これは誘拐犯の罠であった。午後9時40分頃に、娘を預かっているから明日の朝10時までに700万円用意しろとの脅迫電話がかかってきたことから、誘拐事件と判明した〔新潟で誘かい殺人 24歳の娘さん 犯人は複数? 電話で700万円要求 読売新聞 1965年1月15日朝刊 1頁〕。
翌14日の午前11時50分に犯人から午後1時までに国鉄新潟駅の待合室に金を持ってこいと電話してきた。そこで家族は10万円と新聞紙で札束に偽造した包みを持っていったが、そこには犯人は現れなかった。しかし新潟駅の案内所に家族宛に呼び出し電話がかかってきて、午後1時27分に発車する柏崎駅行きの越後線の列車に乗り、赤い旗のある所で金を投げろと中年の女らしい声で指示する内容であった。この手口は黒澤明監督作品の映画『天国と地獄』(1963年公開)の身代金受渡し方法と同じであった〔「天国と地獄」まねた惨劇 新潟の誘かい殺人 列車の窓から金を 読売新聞 1965年1月15日朝刊 15頁〕(後にYは「天国と地獄」からヒントを得て、犯行計画を立てたことを自供している〔「天国と地獄にヒント」と自供 読売新聞 1965年2月5日 朝刊14頁〕。)。家族は指示とおり列車に飛び乗ったが、赤い旗があったのは新潟駅から約1km、信濃川橋梁の東詰手前で発見したが、機会を逸して現金を投げることができなかった〔。
一見すると綿密な犯行計画であったが、駅の直後に赤い旗を置いたように犯人の短気な性格から逮捕されることになった。現金の受渡しに失敗した14日の午後5時27分、被害者の絞殺遺体が新潟市関屋海岸松林の中の広い道路の真中で発見された〔誘かい殺人 車が割り出した「Y」タイヤ跡とピタリと一致 読売新聞 1965年1月21日 朝刊15頁〕。
1月15日、司法解剖が行われ、被害者は13日の午後9時から14日の午前9時までの間に殺害されたことが判明し、身代金を受け取ろうとした時点ではすでに殺害されていたことが判明した〔雇い人らのアリバイ調査 誘かいの夜?殺す 紀代子さんの死体解剖〕。
現場は積雪でぬかるんでいたため、タイヤ痕、足跡数個が採取された。不審な車の目撃証言から該当車両を絞り込んでいた。当初、トヨペットダットサンいすゞプリンスの4種類の車の情報があり、タイヤ跡、チェーンの長さ、車軸の幅から、プリンス、トヨペットの中型車と断定された。さらに1月18日に誘拐現場近くを午後8時30分頃に誘拐現場と見られる場所を車で通りかかり、若い男女が話しているのを目撃した自動車会社従業員の証言から黒色のプリンス・グロリア・デラックスに捜査範囲は絞られた。該当車両のカシミヤ・グレーのプリンス・グロリアが自動車修理工場で発見され、その工場の経営者の息子Y(当時23歳)を被疑者として逮捕した。被害者は前年8月に犯人から中古のダットサン・ブルーバードを購入していた〔Yを逮捕、留置 新潟の誘かい殺人 内妻も取り調べ 犯行否認しつづける 読売新聞 1965年1月21日 朝刊1頁〕。
Yは当時新潟大学付属病院に入院しており、言語障害と半身不随を装い筆談で取り調べに応じていたが、逮捕から2日目の21日に、被害者を新潟市立寄居中学校前で車に乗せ、13日に絞殺し、14日朝、死体遺棄を行ったことを自供した〔誘かい殺人 Y自供始める 筆談で"私がやった" 当局、さらに共犯を追及 読売新聞 1965年1月21日 夕刊7頁〕〔「いっさい私1人で」誘かい殺人「Y」の自供 犯行隠すため金要求 1965年1月22日 朝刊15頁〕。検査の結果異常がなく、逮捕から4日目の23日午後3時30分より、口頭で自供を始め、単独犯行を認めた。犯行動機には、前年の新潟地震で工場が大きな被害を受け、父親が病気のため経営不振となったことから金目当てで犯行に及んだこと、助手席に乗せた被害者を絞殺したことなどを自供した〔「Y」ほぼ全容を自供 新潟・誘かい殺人 工場経営の金ほしさ 読売新聞 1965年1月24日 朝刊15頁〕。
1月25日、Yが犯行のときに使ったゴム長靴が西蒲原郡黒埼村(のちの黒埼町、現在の新潟市西区)の国道8号脇の水田で発見された〔ゴム長も発見 読売新聞 1965年1月26日 朝刊15頁〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「新潟デザイナー誘拐殺人事件」の詳細全文を読む




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