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斉藤珪次 : ミニ英和和英辞書
斉藤珪次[さいとう けいじ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ふじ]
 【名詞】 1. wisteria 
: [つぎ]
  1. (n,adj-no) (1) next 2. following 3. subsequent 4. (2) stage 5. station 

斉藤珪次 : ウィキペディア日本語版
斉藤珪次[さいとう けいじ]

斎藤 珪次(さいとう けいじ、1860年4月15日万延元年3月25日) - 1928年昭和3年)3月21日)は、明治期の政治家、衆議院議員(8期)、ジャーナリスト、勲四等旭日小綬章
== 経歴 ==
武蔵国(現在の埼玉県羽生市喜右衛門新田)に斉藤喜右衛門の長男として生まれる。埼玉中学を経て大学予備門に入学するが中退。その後慶應義塾に入って政治経済を学び、自由民権運動に参加し、自由党に加盟。
明治18年に埼玉県会議員改選に当選し、矢部忠右衛門堀越寛介らと「埼玉倶楽部」を結成。県会議員を辞任し、明治23年(1890年)に大同協和会の結成に参画。秩父暴動の暴動で放免、その後再選し、東京倶楽部の設立委員。1892年(明治25年)に衆議院議員に当選(以後当選8回)。自由党を経て第1次大隈内閣板垣退助内務大臣の秘書官を務める。その後、自由党の機関新聞、「自由新聞」の主幹となる。
その後、立憲政友会が結成されると埼玉県支部長を務める。大正3年(1914年)に万国議員同盟出席委員長。死後の昭和12年(1937年)には斎藤珪次翁頌徳記念会によって埼玉県加須市不動岡の「總願寺」の境内裏に銅像が建造された。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「斉藤珪次」の詳細全文を読む




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