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指定護国神社制度 : ミニ英和和英辞書
指定護国神社制度[してい]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ゆび]
 【名詞】 1. finger 
指定 : [してい]
  1. (n,vs) designation 2. specification 3. assignment 4. appointment 5. pointing at 
護国 : [ごこく]
 【名詞】 1. defense of one's country 2. defence of one's country 
護国神社 : [ごこくじんじゃ]
 【名詞】 1. shrine honoring war dead 2. shrine honouring war dead
: [くに]
 【名詞】 1. country 
: [かみ]
 【名詞】 1. god 
神社 : [じんじゃ, かむやしろ]
 【名詞】 1. Shinto shrine 
: [やしろ]
 (n) shrine (usually Shinto)
: [せい]
  1. (n,n-suf,vs) system 2. organization 3. organisation 4. imperial command 5. laws 6. regulation 7. control 8. government 9. suppression 10. restraint 1 1. holding back 12. establishment 1
制度 : [せいど]
 【名詞】 1. system 2. institution 3. organization 4. organisation 
: [ど]
  1. (n,n-suf) (1) degree (angle, temperature, scale,  2. (2) counter for occurrences 3. times 4. (3) strength (of alcohol) 5. (4) (uk) (pref) very 6. totally 

指定護国神社制度 ( リダイレクト:護国神社 ) : ウィキペディア日本語版
護国神社[ごこくじんじゃ]

護国神社護國神社、ごこくじんじゃ)は、国家のために殉難した人の英霊)を祀るための神社東京都を除く道府県に建立され、その道府県出身ないし縁故の戦死者自衛官警察官消防士等の公務殉職者主祭神とする。
== 概説 ==
護国神社は、明治時代に日本各地に設立された招魂社が、1939年(昭和14年)3月15日公布、同4月1日施行された「招魂社ヲ護國神社ト改称スルノ件」(昭和14年内務省令第12號)によって一斉に改称して成立した神社である。「招魂社」の名称は、「招魂」が臨時・一時的な祭祀を指し、「社」が恒久施設を指すため、名称に矛盾があるとして護国神社に改称された〔梅田義彦「護国神社制度の創設」『神道史研究』15、1967年11月、134-149頁。〕。「護国」の名称は、1872年12月28日(明治5年11月28日)の徴兵令詔書の一節「國家保護ノ基ヲ立ント欲ス」、1882年(明治15年)1月4日の『軍人勅諭』の一節「國家の保護に尽さば」など、祭神の勲功を称えるに最も相応しく、既に護国の英霊等の用語が用いられて親しみも深い、との理由で採用された〔「護国神社制度の確立」『週報』第131號、1939年4月19日號〕。護国神社の総数は、1939年(昭和14年)4月時点で131社とされている〔。
社格は持たないが、内務大臣が指定した府県社に相当する指定護国神社と、村社に相当する指定外護国神社に分けられる。1945年(昭和20年)8月のポツダム宣言受諾により、日本がGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の占領統治下に置かれると、護国神社は軍国主義施設とみなされ、存続を図るために名称から「護国」の文字を外すなど改称を余儀なくされた〔指定護国神社のうち、戦災で焼失した神社を除き、青森縣護國神社、和歌山縣護國神社は改称せず「護国神社」を守り通した。〕。改称した神社は、1952年(昭和27年)にサンフランシスコ講和条約が発効して日本が主権を回復すると、大多数は旧社名に戻している。第二次世界大戦後、いくつかの指定護国神社は神社本庁別表神社となっている。
各護国神社の祭神は靖国神社〔靖国神社も戦死者を英霊として祀る神社で、東京招魂社から改称されたが、大日本帝国臣民とされた朝鮮人台湾人を含めて、どこの出身者であっても祀られる対象となる点が異なっている。〕の祭神と一部重なるものの、靖国神社から分祀された霊ではなく、独自で招魂し祭祀を執り行っている〔岐阜県の飛騨護國神社など一部例外も存在する。〕。そのため、公式には護国神社は「靖国神社とは本社分社の関係にはない」とされている。しかし、共に英霊を祀る靖国神社と護国神社とは深い関わりがあり、各種の交流もある。主要な護国神社52社で組織する全國護國神社會(旧・浦安会)は靖国神社と連携し、英霊顕彰のための様々な活動を行っている。なお、沖縄県護国神社では沖縄戦で犠牲になった一般住民、遭難学童及び文官関係戦歿者も祭神として祀られている〔山中〕〔沖縄県護国神社の由緒 、沖縄県護国神社〕。また、広島護国神社では原子爆弾の犠牲になった勤労奉仕中の動員学徒女子挺身隊員も祭神として祀られている〔山中〕〔由緒 、広島護國神社〕。
1960年(昭和35年)に全国の護国神社52社に対して昭和天皇香淳皇后より幣帛が賜与されて以降、1945年(昭和20年)から数えて10年ごとに幣帛の賜与が続けられている。
護国神社は、建立以来、主として戦没者の遺族会戦友会が運営的・財政的に支えてきた。しかし、戦没者を直接知る遺族や戦友たちの高齢化とともに、その数は減りつつあり、財政的危機に見舞われる護国神社が増えると見られている。そのため、旧指定護国神社を中心に崇敬会・崇敬奉賛会を設立している。なお、東京都目黒区五本木に存在した目黒護国神社は、1959年(昭和34年)10月に目黒護国神社崇敬会を設立して管理していたが、役員が亡くなって引き継ぐ管理者もなかったため、目黒区の外部監査で指摘を受け、2008年平成20年)5月に取り壊されている〔平成17年度 包括外部監査の結果報告書 、目黒区、111-112頁〕〔「戦没者ほこらひっそり幕 目黒護国神社、管理者なく」、東京新聞、2008年7月8日夕刊〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「護国神社」の詳細全文を読む




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