翻訳と辞書
Words near each other
・ 山本政聡
・ 山本敏晴
・ 山本敬
・ 山本敬三
・ 山本敬三郎
・ 山本数馬
・ 山本文彦
・ 山本文男
・ 山本文男 (政治家)
・ 山本文緒
山本文郎
・ 山本斉
・ 山本新
・ 山本新 (文明学者)
・ 山本新田
・ 山本旗郎
・ 山本早織
・ 山本早苗
・ 山本旭
・ 山本昇治


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

山本文郎 : ミニ英和和英辞書
山本文郎[やまもと ふみお]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [やま]
 【名詞】 1. (1) mountain 2. (2) pile 3. heap 4. (3) climax 5. critical point 
: [ほん, もと]
  1. (n,n-suf,n-t) (1) origin 2. basis 3. foundation 
本文 : [ほんもん]
 【名詞】 1. text (of document) 2. body (of letter) 
: [ぶん]
 【名詞】 1. sentence 

山本文郎 : ウィキペディア日本語版
山本文郎[やまもと ふみお]

山本 文郎やまもと ふみお1934年12月23日 - 2014年2月26日)は、日本アナウンサータレントTBS〔会社法人としては、現在の東京放送ホールディングス、放送局としては現在のTBSテレビTBSラジオ。TBSは、2009年3月までは、東京放送の略称であったが、同年4月以降はTBSテレビの略称となっている。〕アナウンサー5期生。愛称は文さん(ぶんさん)。妻はタレントの山本由美子〔。
東京市小石川区(現:東京都文京区小石川)出身。一人っ子。1994年9月にTBSを退職してからは、個人事務所の「オフィスぶん」に所属していた。
== 来歴 ==
1944年、母方の実家がある島根県に一人で疎開する〔。
父親は開業医だったが、第二次世界大戦中に大日本帝国陸軍召集広島陸軍病院勤務中の1945年8月6日被爆して全身に大火傷を負った末、15日後に他界した。
東京都立九段高等学校を経て、早稲田大学第一文学部国文学科を卒業。オリンピックの実況を夢見てスポーツ担当アナウンサーを志し、1957年4月、アナウンサー(5期生)としてラジオ東京に入社。同期入社のアナウンサーには青柳純一岡部達金坂光春仁村秀雄麻生雅子石川知子大場ゆかり草間範子佐藤美智子鈴木美江須藤孝子前田和子町田教子三好和子がいる。大学の友人から「東京生まれの東京育ちだから、言葉のなまりが何もないのでアナウンサーのテストを受けたら」と言われて、ラジオ東京の他に、NHK等にも内定していたが、結局ラジオ東京に入社した。
主に歌謡〔〔・演芸〔〔・情報番組〔〔を担当、念願だったスポーツアナウンサーとして活動していた(後述)。この間、1967年11月15日にアナウンサー研修室設置に伴いチーフ・アナウンサー、報道局ニュース部専門職部長、報道局編集部専門職部長兼ラジオ局アナウンス室専門職部長(1982年8月10日)、報道総局社会情報局専門職局長(1988年7月26日)、社会情報局理事(1992年1月1日)等を歴任。また、1976年10月から1987年9月25日までは、テレビの関東ローカルワイドニュース番組『テレポートTBS6』で2代目メインキャスターを担当。関東地方では11年にわたって、「TBS夕方の顔」として人気を博した。降板後、『JNNニュース22プライムタイム』の司会となった森本毅郎代わって1987年10月5日からはTBS系列全国ネットのワイドショー『モーニングEye』の2代目司会者となる。1994年9月にTBSを定年3ヶ月前で退職してからも、フリーアナウンサーとして1996年9月27日の番組終了まで9年間にわたって出演した。TBSテレビでは、同番組終了後も、平日午後の全国ネット生放送番組(『素敵なあなた』→『わいわいティータイム』)で引き続き司会を務めていた。
フリーアナウンサーへ転身してからは、土日の2日間にゴルフコンペを主催したり、「昭和九年会」(昭和9年=1934年生まれの男性芸能人による親睦会)のメンバーとしても活動していた。
私生活では、34年間連れ添った先妻を1997年の元日に脳梗塞で亡くしたが、73歳になった2008年1月に31歳年下の由美子と再婚。2008年3月、再婚を機に千葉県鎌ケ谷市へ移住。この再婚が大きな話題になったこと(後述)から、2008年の新語・流行語大賞授賞式で司会を務めたほか、バラエティ番組やトーク番組にゲストで出演する機会が増えた。ちなみに、由美子は山本との結婚を機に、「オフィスぶん」で山本のマネージャーを兼務するようになった。
2014年2月26日午前2時6分、肺胞出血のため千葉県内の病院で逝去。満79歳没(享年81)。前週の19日まで由美子と共にパーティーの司会をこなしてから、21日の深夜に背中や胸の痛みを訴えて入院した末の急逝であった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「山本文郎」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.