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奥宮慥斎 : ミニ英和和英辞書
奥宮慥斎[おくみや]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [おく]
 【名詞】 1. interior 2. inner part 
: [とき]
 【名詞】 1. meals exchanged by parishioners and priests 

奥宮慥斎 : ウィキペディア日本語版
奥宮慥斎[おくみや]

奥宮 慥斎(おくのみや ぞうさい)は、幕末土佐藩の学者で、維新後高知藩教部省官僚。
土佐藩士の家に生まれ、田内菜園国学江戸佐藤一斎陽明学を学び、幕末には藩校教授、山内豊範侍読を務め、土佐勤王党を支援した。明治維新高知藩板垣退助による藩政改革、教部省での大祓復活に関わったほか、愛国公党結成に参加し、今北洪川両忘会を結成した。
== 経歴 ==

=== 修学時代 ===
文化8年(1811年)7月4日、土佐国土佐郡布師田村(高知県高知市布師田)に土佐藩士奥宮正樹の子として生まれた〔。15,6歳の時田内菜園に入門し、国学和歌を学び、また弓術を得意とした〔。
文政13年(1830年)閏3月江戸に出て、吉田環を介して佐藤一斎に師事しようとしたところ、父と病に罹り、快復後一旦帰郷し、天保3年(1832年)江戸を再訪し、一斎に入門した〔。帰国後、南学の天下にあった土佐において南部静斎市川彬斎岡本寧浦等と陽明学の普及に務め、尾崎源八都築習斎島本黙斎等を弟子とした〔。
天保5年(1834年)真如寺大休和尚老僧に借りた「碧巌録」で疑団と格闘し、3月16日「陸象山先生集」を読書中省悟に至った〔杉山(2013) p.231-233〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「奥宮慥斎」の詳細全文を読む




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