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坂口仙徳 : ミニ英和和英辞書
坂口仙徳[さかぐち せんとく]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [さか]
 【名詞】 1. slope 2. hill 
: [くち]
 【名詞】 1. mouth 2. orifice 3. opening 
: [せんと]
 (n) cent

坂口仙徳 : ウィキペディア日本語版
坂口仙徳[さかぐち せんとく]
坂口 仙徳(さかぐち せんとく、元文3年(1738年、推定〔御城碁初出仕の時に実子の安井仙角仙知が9歳という記録から、この時35歳前後と推測されたもの(林裕「人とその時代」(『日本囲碁大系(7) 親仙徳・大仙知』筑摩書房 1977年))〕) - 天明3年(1783年11月30日)は、江戸時代囲碁棋士武蔵国生まれ〔安井家過去帳では不鮮明ながら筑前と見えるとある(林裕 同上)〕、五世安井春哲仙角門下、六段。家元安井家の外家坂口家を興し、御城碁にも出仕した。七世安井仙角仙知は実子。後の阪口仙得と区別して親仙徳とも呼ばれる〔親仙徳の呼称は古いものではなく、林裕による創作(林裕 同上)〕。
安永元年(1772年)に春哲仙角の推挙により、六段で御城碁出仕を果たす。それまでは堅実な碁だったが、この頃から大胆豪放な棋風に変わった。御城碁の初出仕では、六世井上春碩因碩に先番13目勝ち、お好み碁では打掛け後に二日をかけて本因坊烈元に先番中押勝。通算では16局を勤めて11勝5敗としている。御城碁の他には10局ほどの棋譜が遺されている。
長子の仙知は六世安井仙哲養子となり、安永9年(1780年)に安井家を継いで七世安井仙知となる。同年の御城碁では親子揃っての出仕となった。仙徳の位の高い碁風は、仙知にも受け継がれている。
==御城碁成績==

*安永元年(1772年) 先番13目勝 井上春碩因碩
*同年 先番中押勝 本因坊烈元
*安永2年(1773年) 向先5目負 本因坊烈元
*同年 向二子8目勝 酒井石見守
*安永3年(1774年) 先番14目勝 井上春碩因碩
*同年 向先3目勝 井上因達
*安永4年(1775年) 先番1目負 林祐元門入
*安永5年(1776年) 先番9目勝 井上因達
*同年 先番3目勝 本因坊烈元
*安永6年(1777年) 向二子11目勝 林門悦
*同年 二子中押勝 本因坊察元
*安永7年(1778年) 先番5目勝 林祐元門入
*同年 向先17目負 本因坊烈元
*安永8年(1779年) 向二子中押勝 林門悦
*安永9年(1780年) 先番3目負 本因坊烈元
*天明元年(1781年) 向先4目負 本因坊烈元

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「坂口仙徳」の詳細全文を読む




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