翻訳と辞書
Words near each other
・ 古川オフトーク通信
・ 古川オフレールステーション
・ 古川タク
・ 古川バイパス
・ 古川バイパス (宮城県)
・ 古川バイパス (岐阜県)
・ 古川ユミ
・ 古川ロック
・ 古川ロッパ
・ 古川ロッパ昭和日記
古川一郎・二三子
・ 古川中学校
・ 古川久
・ 古川九一
・ 古川享
・ 古川伴睦
・ 古川伸彦
・ 古川侑利
・ 古川俊一
・ 古川俊平


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

古川一郎・二三子 : ミニ英和和英辞書
古川一郎・二三子[ふるかわいちろう ふみこ]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ふる]
 【名詞】 1. used 2. secondhand
古川 : [ふるかわ]
 【名詞】 1. old river 
: [かわ]
 【名詞】 1. river 2. stream 
: [いち]
  1. (num) one 
: [に]
  1. (num) two 
二三 : [にさん]
 (n-adv,n-t) two or three
: [み]
  1. (num) three 
: [こ, ね]
 (n) first sign of Chinese zodiac (The Rat, 11p.m.-1a.m., north, November)

古川一郎・二三子 : ウィキペディア日本語版
古川一郎・二三子[ふるかわいちろう ふみこ]
古川一郎・二三子(ふるかわいちろう・ふみこ)は戦後にかけて活躍した夫婦音曲漫才コンビ。コンビ結成時期不明。
== 来歴・芸風 ==
古川一郎は楽劇団「古川一萬一座」を率いた古川一萬の実子で大阪府大阪市の生まれ、1936年の5歳のときに初舞台を踏む。終戦直後は台湾朝鮮満州などを慰問した。大阪府立天王寺中学校(現在の大阪府立天王寺高等学校)出身。のちに松原千賀七アコーディオンを習い、のらくろショウに8年間在籍。
古川二三子は兵庫県神戸新開地お茶屋の娘。もろ多玉枝・広多成三郎の門下で1941年に大谷夢蝶の名で同じ一門の荒川小玉と組み初舞台を踏む。1952年にのらくろショウに入った。そこで知り合った二人が結婚しコンビを組んだ。
戦後長らく西成区山王にあった芸人が多く住んだ地域「てんのじ村」に住み、余興や地方の営業中心で神戸松竹座に出ていた時期もある、戎橋松竹松竹芸能角座吉本興業花月など主要劇場はほとんど上がっていなかった。また新世界にあった朝日劇場(現在の大衆演劇の劇場)の社長・橋本繁太郎の息子と同級生だったためにお世話になっていた時期もありよく劇場に上がっていた。
晩年の1995年ごろは二三子が腎不全人工透析で入退院を繰り返していたためほとんど舞台に上がっていなかった。
一郎のアコーディオン、二三子が三味線を持った、オーソドックスな歌謡曲の音曲漫才であった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「古川一郎・二三子」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.