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伊良子清白 : ミニ英和和英辞書
伊良子清白[いらこ せいはく]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [りょう]
 【名詞】 1. good 
: [こ, ね]
 (n) first sign of Chinese zodiac (The Rat, 11p.m.-1a.m., north, November)
: [しろ]
 【名詞】 1. white 

伊良子清白 : ウィキペディア日本語版
伊良子清白[いらこ せいはく]
伊良子 清白(いらこ せいはく、1877年(明治10年)10月4日 - 1946年(昭和21年)1月10日)は、日本詩人。本名、暉造〔『鳥取県百傑伝』81頁に「暉造の名をもって“少年文庫”にあらわれ、のちに、すずしろのやの雅号で“文庫”に投じた清白が、三十四年八月の“文庫”から清白をせいはくにあらためた。一般に清白をすずしろというむきもあるのだが」とある〕。
医業のかたわら詩を書き、河井醉茗横瀬夜雨と並ぶ文庫派の代表的詩人。詩集は『孔雀船』。
== 経歴 ==
鳥取県八上郡曳田村大字曳田(現在の鳥取市河原町曳田)に医師伊良子政治、ツネの長男として生まれた。父政治は郡家町大門の医師岡田道叔の次男だが、1875年明治8年)7月に曳田村にいた伊良子春郊の長女つねと結婚し、伊良子の姓を名乗った。母つねは、清白が生まれて満1歳にもならない、1878年明治11年)9月5日に死去した〔『鳥取県百傑伝』76-77頁〕。
1899年京都府立医学校(現在の京都府立医科大学)卒業。東京日本赤十字病院に勤務する。
1906年に唯一の詩集『孔雀船』を刊行、浜田、大分
台湾、京都を経て、1922年(大正11年)三重県志摩郡鳥羽町小浜(現・鳥羽市小浜町)で開業した。
1945年(昭和20年)に戦火を避けるため三重県度会郡七保村打見(現・度会郡大紀町打見)に疎開〔鳥羽市教育委員会生涯学習課社会教育係"伊良子清白(いらこせいはく) "(2011年5月6日閲覧。)〕、翌1946年(昭和21年)に同地で没した。
1980年(昭和55年)生地であり、名作「漂泊」の舞台である曳田の正法寺境内に、同作の第4連を山本嘉将が筆にした詩碑が建立された。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「伊良子清白」の詳細全文を読む




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