翻訳と辞書
Words near each other
・ 三橋豊夫
・ 三橋貴明
・ 三橋辰雄
・ 三橋達也
・ 三橋達也のザ・ベストカップル
・ 三橋郁雄
・ 三橋鑑一郎
・ 三橋隼斗
・ 三橋順子
・ 三橋駅
三橋鷹女
・ 三機商事
・ 三機工業
・ 三機能仮説
・ 三櫻衛薬
・ 三次
・ 三次JCT
・ 三次きんさいスタジアム
・ 三次らせん
・ 三次インターチェンジ


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

三橋鷹女 : ミニ英和和英辞書
三橋鷹女[みつはし たかじょ]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [み]
  1. (num) three 
: [はし, きょう]
 【名詞】 1. bridge 
: [たか]
 【名詞】 1. falcon (Falconidae family) 2. hawk 
: [じょ]
 【名詞】 1. woman 2. girl 3. daughter

三橋鷹女 : ウィキペディア日本語版
三橋鷹女[みつはし たかじょ]
三橋 鷹女(みつはし たかじょ、1899年12月24日 - 1972年4月7日)は、千葉県出身の俳人。本名・たか子。幼名・文子。旧号・東文恵。原石鼎小野蕪子に師事。戦後、新興俳句系の「俳句評論」等に関わる。昭和期に活躍した代表的な女性俳人として中村汀女星野立子橋本多佳子とともに四Tと呼ばれた。
== 経歴 ==
成田町(現成田市)に生まれる。1916年成田高等女学校(現・成田高等学校)を卒業後、上京して次兄・慶次郎の元に奇遇。慶次郎が若山牧水与謝野晶子に師事する歌人であったため、この影響で鷹女も作歌をはじめる。1922年、剣三の俳号を持つ俳人であった歯科医師・東謙三と結婚、俳句の手ほどきを受ける。1929年、謙三とともに原石鼎の「鹿火屋」に入会し原に師事。1934年、夫とともに「鹿火屋」退会、小野蕪子の「鶏頭陣」に入会。この頃より俳号を東鷹女とする。1936年「紺」創刊に参加し、女流俳句欄の選者を担当。1939年、夫ともに「鶏頭陣」を退会。
1942年、長兄の病死により、東家を廃し三橋家を継ぐ。以後三橋姓。1953年高柳重信の誘いを受けて富沢赤黄男の「薔薇」に参加、1958年、同誌の後継誌「俳句評論」に参加。1967年、「俳句評論」を辞す。1969年、湊陽一郎と同人誌「羊歯」を創刊するが、同年10号で「羊歯」を辞し、「俳句評論」顧問となる。1972年4月7日死去。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「三橋鷹女」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.