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リオン・ガーフィールド : ミニ英和和英辞書
リオン・ガーフィールド[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

リオン・ガーフィールド ( リダイレクト:レオン・ガーフィールド ) : ウィキペディア日本語版
レオン・ガーフィールド[ちょうおん]

レオン・ガーフィールド(Leon Garfield, 1921年7月14日 - 1996年6月2日)はイギリスの小説家。一般向けの作品も書くが、児童向けの歴史小説で有名である。著書は30冊を超える。サセックス州ブライトン出身〔『少年鼓手』巻末「訳者あとがき」〕。訳書によっては「リオン」ないし「リアン・ガーフィールド」とも表記。
==経歴と作品==
ユダヤ教徒の家庭に生まれる。ブライトンで中等教育を終えた後、リージェント・ストリート・ポリテクニック(現ウェストミンスター大学)に進み美術を学ぶ。しかし彼の勉学はまず貧窮によって、次いで第二次大戦の勃発によって中断された〔Copson.〕。1941年4月にレナ・リーア・デイヴィーズという女性と結婚するが、数ヶ月で別れた〔。第二次大戦では王立陸軍医療軍団に所属し、従軍した。配属先のベルギーで、傷病兵運搬車の運転手をしていたヴィヴィアン・アルコックと出会う。彼らは戦後(1948年)に結婚した。ヴィヴィアンはガーフィールドの作品に大きな影響を与え(『ねらわれたスミス』は彼女の原案作品である〔Natov, 5.〕)、後に彼女自身も児童文学作家となった。ガーフィールドは、イズリントンにあるホイットン病院の生化学研究所での仕事を本業とし、副業作家として創作を始めた。充分な成功を遂げた1960年代からは専業作家となった〔Carpenter and Prichard, 196-7.〕。1964年、ガーフィールド夫婦は1人の乳児を養子にし、彼らの愛読するジェイン・オースティンにちなんでジェインと名づけた〔Copson; N. Tucker, "Vivian Alcock" (obituary), ''The Independent'', October 22, 2003〕。
デビュー作の長編、海賊ものの"Jack Holborn"はコンスタブル社に大人向けの作品として持ち込まれた。しかし児童向け作品としての潜在的可能性を見出した編集者が、対象年齢を下げるリライトを要求〔Carpenter and Prichard, 197.〕。リライト版が1964年に刊行された。第二作『霧の中の悪魔』(1966年)は第一回ガーディアン賞を受賞し、テレビ化もされた。これはガーフィールドの冒険小説の典型で、18世紀を舞台にし、「卑しい生まれ」の主人公が危険な陰謀の渦中に巻き込まれる物語である。1967年の『ねらわれたスミス』も同傾向の作品で、掏りの若者スミスが最終的には裕福な一家の一員として受け入れられるまでを描いている。本作は20年後の1987年にフェニックス賞を受賞した。1968年の『ブラック・ジャック』(未訳)も若い徒弟を主人公とした同傾向の作品である。1970年から、ガーフィールドは別の方向に向かい始めた。エドワード・ブリッシェンとの合作『ギリシア神話物語』(1970年)はギリシア神話をリライトしたもので、イラストにはチャールズ・キーピング(Charles Keeping)を起用。カーネギー賞を受賞した。続編に『黄色の影』(1973年)がある。『少年鼓手』(1970)は冒険小説的であるが、道徳の問題に重点が置かれており、いくぶん年上の読者を対象に書かれたことは明らかである。その傾向は"The Prisoners of September (1975)"や"The Pleasure Garden (1976)"、"The Confidence Man (1976)"でも続いた。"The Strange Affair of Adelaide Harris (1972)"はブラック・コメディで、二人の少年が、赤ん坊(一方の少年の妹)を使ってロームルスとレムスの伝説の信憑性を確かめようとするプロットとなっている。当時もっとも有名になった作品は『見習い物語』(1978年)である。これは1976年から78年にかけて発表された、つながりのある中編群をまとめたものである。17世紀中期を舞台とし、一般向けに近いテーマを持った作品群は、賛否両論をもって受け止められた。ガーフィールドはそれを機に初期の作風に戻り、『ジョン・ダイアモンド』(1980年)や『テムズ川は見ていた』(1986年)を発表。『ジョン・ダイアモンド』では1980年度のホイットブレッド賞(Whitbread Awards)を獲得した。なお、彼はディケンズの未完の長編『エドウィン・ドルードの謎』を完結させている。
ガーフィールドは1985年に王立文学協会(Royal Society of Literature)のフェローに選出されている。1996年6月2日、かつて勤務したこともあるホイッティントン病院にて、癌のため死去〔。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「レオン・ガーフィールド」の詳細全文を読む

英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Leon Garfield 」があります。




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