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ミハイル・ロモノーソフ : ミニ英和和英辞書
ミハイル・ロモノーソフ[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

ミハイル・ロモノーソフ : ウィキペディア日本語版
ミハイル・ロモノーソフ[ちょうおん]

ミハイル・ワシリエヴィチ・ロモノーソフ () ()はロシア博学者、科学者、作家。文学教育科学に関する業績を残している。とりわけ金星の大気の発見が重要。ロモノーソフは詩人でもあり、ロシア文章語の改革にも努めている。
同じくロシアの詩人アレクサンドル・プーシキンから「ロモノーソフ自身が大学である」と評価したことでも知られる。
== 漁師から科学者へ ==
ロモノーソフはロシア極北ホルモゴルイ付近の島にあるアルハンゲリスク市Denisovka村(後にロモノーソフを記念してLomonosovoに改名)に生まれた。10歳の時には漁師の父を助けて働いていた。彼は学ぶことを好んでおり、知り合いに本を借りて独学をしていたが、付近に学校が無かったため本格教育を受けることができなかった。19歳になった1731年、友人のつてでモスクワのスラブギリシャラテンアカデミー に入学する。彼は1日わずか3コペイカ(0.03ルーブル)で過ごしながらも猛勉強し、12年の課程を学年トップの成績でわずか5年で修了した。その後1年間キエフ・モヒーラ・アカデミー で学ぶが、教育レベルに満足できずにモスクワに戻った〔МИХАИЛ ЛОМОНОСОВ. ЕГО ЖИЗНЬ И ЛИТЕРАТУРНАЯ ДЕЯТЕЛЬНОСТЬ by V.V. Malinin 〕。1736年、彼は奨学金を得てサンクトペテルブルクに行った。彼はそこでも物理学を始めとして抜群の成績を残した。彼は言語学にも興味を持ち、フランス語とドイツ語も学んだ。その成果が認められ、ドイツの大学で学ぶための2年分の奨学金を獲得した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ミハイル・ロモノーソフ」の詳細全文を読む




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