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ボヤン・クライツァ : ミニ英和和英辞書
ボヤン・クライツァ
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。


ボヤン・クライツァ : ウィキペディア日本語版
ボヤン・クライツァ

ボヤン・クライツァ(、1947年11月15日 - )は、クロアチアボスニア・ヘルツェゴビナ(旧 ユーゴスラビア)のチェスグランドマスター。
リュブリャナ生まれのスプリト育ち。1965年に世界ジュニア選手権で優勝し、国際マスターになった。1966年にザグレブに移り、1972年にザグレブ大学哲学部を卒業〔、1974年にグランドマスターとなった。1976年のウェイク・アーン・ゼーチェス大会で好成績を記録〔。1979年にチェスクラブのŠKボスナからオファーを受けサラエボに移るまで、ザグレブでプレイした〔。チェス・オリンピアードには1980年のバレッタ大会と84年のテッサロニキ大会にユーゴスラビア代表として出場、うちバレッタ大会では団体で銅メダルを獲得した。
ユーゴスラビア崩壊後はボスニア・ヘルツェゴビナ代表として1992年から06年の計8回オリンピアードに出場、うち94年のモスクワ大会では団体で銀メダルを獲得した。2005年12月にはソリンの第13回ソリナ・トーナメントで優勝。同年、国際チェス連盟(FIDE)トレーナーのタイトルを授かった。2006年現在、サラエボとスペインサンタ・クルス・デ・テネリフェに居を構えている〔。
2010年5月現在のFIDEによるイロレーティングは2548。
== 脚注 ==


抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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