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ブルターニュ半島 : ミニ英和和英辞書
ブルターニュ半島[ぶる]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

ブル : [ぶる]
 【名詞】 1. bull 2. (n) bull
: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
: [はん]
  1. (n,n-adv,n-suf,n-pref) half 
半島 : [はんとう]
 【名詞】 1. peninsula 
: [しま]
 【名詞】 1. island 

ブルターニュ半島 ( リダイレクト:ブルターニュ ) : ウィキペディア日本語版
ブルターニュ[ぶる]

ブルターニュ ( ; ブレイス; ガロ語: )は、フランス北西部にある地域。かつてはブルターニュ王国、そしてブルターニュ公国という独立国だったが、1532年にフランスに併合されとなった。ブルターニュは6つあるケルト国の1つとみなされている。時には、現在のブルターニュ地域圏と区別する目的で「歴史的なブルターニュ」(''Bretagne historique''、ブルターニュ・イストリック)と呼ばれることもある。
ブルターニュは、フランス北西部、ヨーロッパ大陸の北西に突き出た半島にある。北はイギリス海峡、西はケルト海大西洋、南をビスケー湾と接している。面積は34,023 km² 。ブルターニュとみなされる県が5つある。西のフィニステール県、北のコート=ダルモール県、北東のイル=エ=ヴィレーヌ県、南東のロワール=アトランティック県、ビスケー湾に面したモルビアン県である。
1956年、これらの県を集めフランスの地域圏がつくられた〔Michèle Cointet, op. cit., pp. 183–216 (p. 216 pour la citation)〕。ブルターニュ地域圏は、ブルターニュとみなされる5つの県のうち4つで構成される(歴史的なブルターニュの80%を占める)。一方でかつてのブルターニュの一部であるロワール=アトランティック県はペイ・ド・ラ・ロワール地域圏に含まれることになった。この地域圏編成は定期的に論争の種となっている。ブルターニュ王国、ブルターニュ公国、かつてのブルターニュ州、そして現在のブルターニュ地域圏は、ローマ時代にアルモリカとして知られた地方の西部分にあたる。
2010年の調査で、歴史的なブルターニュ人口は概算で4,475,295人であった。これらのうち71%の人口がブルターニュ地域圏で暮らしている。残り29%はロワール=アトランティック県に暮らす。2008年時点の都市圏はナント都市圏(854,807人)、レンヌ都市圏(654,478人)、ブレスト都市圏(311,735人)であった。
==語源==
ブルターニュ(Bretagne)という名称は、ブルトン語でのBreizh、ガロ語でのBertaèynと同様に、「ブリトン人の地」を意味するラテン語のブリッタニア(Brittania、時にはブリタンニアBritannia)からきている。この名称は1世紀以降ローマ人がグレートブリテン、より具体的にはローマ支配下のグレートブリテン島に対して使用した。ブリッタニアとは古代ギリシャ語のΠρεττανικη (プレッタニケ、Prettanike)またはΒρεττανίαι (ブレッタニアイ、Brettaniai)からきている。この名称は紀元前320年代にブリテン諸島を旅したマッサリア(現在のマルセイユ)出身の探検家ピュテアスが用いた。
ローマ人はブルターニュをアルモリカと呼んだ。アルモリカとは、おそらくガリア語で「海に面した」を意味するaremoricaから派生した名称である。他に、レタウニア(Letauia、英語ではLitavis)は12世紀まで使われていた。おそらく「広くて平坦」または「拡大する」を意味しており、ブルターニュのウェールズ語名Llydawの語源となった。
西ローマ帝国崩壊後、多くのブリトン人がアルモリカに移住し、アルモリカはブリッタニアと呼ばれ始めた。しかし、アルモリカの名は数世紀間残り、5世紀まで完全に消滅することはなかった 。後世になって、ジェフリー・オブ・モンマスのような作家たちがブリテンとブルターニュを区別するため、ブルターニュを小ブリタンニア(Britannia minor)、ブリテンを大ブリタンニア(Britannia major)という名称で呼び始めた。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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