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ブルターニュ公 : ミニ英和和英辞書
ブルターニュ公[ぶる]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

ブル : [ぶる]
 【名詞】 1. bull 2. (n) bull
: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
: [こう]
  1. (n,suf) prince 2. lord 3. duke 4. public 5. daimyo 6. companion 7. subordinate

ブルターニュ公 ( リダイレクト:ブルターニュ君主一覧#ブルターニュ公 ) : ウィキペディア日本語版
ブルターニュ君主一覧[ぶるたーにゅくんしゅいちらん]
ブルターニュ君主一覧ではブルターニュの統治者について列挙する。統治者達は時代ごとに様々な称号を有していた。彼等は、ある時は選出され、またある時は征服や謀略、世襲権によって地位を獲得した。世襲の公は時にはブルターニュ女公の称号を有する女性の統治者であった。公国の主要な都市ならびに地域は伯によって統治されており、彼等はしばしば公との争いで自らの地位を手に入れたり、自身が公になったりした。
ローマ帝国の衰退期にガリアにおける最初期のブルトン人の支配者は及びの小王国の"王"と呼ばれていた。これらの何人かの王はアルモリカ半島のあらゆるブリトン住民に対して支配権の形を有していたらしく、リオタムスは年代記家のによってと呼ばれている。けれどもブルターニュ全体の統治者は明らかではなく、現地の伯の封土に分割されていた。
これらの幾つもの小国に分裂していたブルターニュを840年代に統一したのがであり、彼が統一の初代王となった(実質的な王は息子のが最初である)。王国は領域を拡大したものの、10世紀ヴァイキングノルマン人)によって国土が殆ど侵食されるに至った。
この危機的状況を打開したのがである。彼は939年にでヴァイキングを撃破して祖国を解放したが、この時の勝利が ブルターニュ公国建国の起源であり、それはブルターニュとノルマンディーの国境であるにて建国された〔John Le Patourel, ''Feudal Empires: Norman and Plantagenet''; ed. Michael Jones, (The Hambledon Press, 1984), p. 241.〕。942年にアラン2世は西フランク国王ルイ4世に臣従を誓ったものの、公国は1123年フランス国王ルイ6世肥満王ナント司教を承認するまでフランス王家が関心を得るところではなかった〔Michael Jones, ''The Creation of Brittany'', (The Hambledon Press, 1988), 4.〕。けれどもその他のブルターニュ公は、1202年アルテュール1世が国王フィリップ2世尊厳王を自らの君主と認めるまでアラン2世の臣従の儀を繰り返した〔Michael Jones, ''The Creation of Brittany'', 4.〕。
領域は大概、公国と呼ばれ、その統治者は独立した主権を有する公と見做されていた。けれどもある歴史家は、12世紀半ば以前のブルターニュ公はよくフランス国王からは伯と呼ばれており、当時、フランス王国は1つの伯領に過ぎないとの見方をしていたとの見解を取っている。1297年ブルターニュはにおける公爵に昇格したとしている〔Michael Jones, ''The Creation of Brittany'', 287.〕。この見解はシャルル8世温厚王並びにルイ12世人民王の2代に渡る王が、公国並びに 両王と立て続きに結婚したアンヌ・ド・ブルターニュの権利に近付いたこととは一致しない。大部分の歴史家は、上記の両王の時代及び公位が1532年アンリ2世のもとに組み込まれるまでブルターニュ公国はフランス王権から独立していたと見做している。
== 初期支配者 ==

* (4世紀) – 伝説上のブルターニュ初代君主
* ( 6世紀初頭) –アルモリカ
* ( 6世紀後半) -
* (590頃-657年) - ブリトン上王、王; ドムノニアとのブリトン人の王国を統一; ダゴベルト1世とを承認。
* (在位814年–818年)- 自らが封臣として仕えていたカール大帝814年の死去に伴いブリトン人貴族からブルターニュ王と呼ばれた最初の君主。
* ルイ敬虔王下のフランク王国統治時代 (819年-822年) - モルマンはフランク王国による支配に対して反乱を起こしたもののルイ敬虔王に敗北した。フランク統治時代のブルターニュは同時にに脅かされていた。
* (在位822年–825年) – ブリトン人復権のためのフランク王国に対する反乱を成功に導いた;ブルターニュ辺境伯領のに殺された。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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