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フレデリック・エイベル : ウィキペディア日本語版
フレデリック・エイベル

サー・フレデリック・オーガスタス・エイベル准男爵(、1827年7月17日1902年9月6日)は、イギリス化学者。姓はアーベルと表記されることもある。
火薬類の化学に関する権威。ニトロセルロースの安全な取り扱いに成功し、この物質が広く用いられるようになるきっかけを作った。また、デュワーと共同で無煙火薬の一種「コルダイト」を発明したが、その特許をめぐってノーベルに訴えられた。ほか、鉄鋼に関する研究なども行なった。
== 生涯 ==
エイベルは1827年7月17日、ロンドンで生まれた。父親は音楽家、祖父はメクレンブルク=シュヴェリーン大公に仕えた画家だったというが、エイベルはベルセリウスの教え子であった叔父の影響で自然科学を学ぶようになった。
1845年、創立されたばかりの王立化学カレッジでホフマンの薫陶を受けた。1851年までそこに留まり、次いで一時期セントバーソロミュー病院で化学講師を務めた後にファラデーの後任として陸軍士官学校の化学教授となった。
1854年から1888年まで、エイベルはイギリス陸軍省と軍需品委員会づきの化学者として、主に火薬の研究を行なった。この間、1860年に王立協会の会員に、1877年に英国電気学会(IEE)を設立してその会長になった。また、1887年にはロイヤルメダルを受賞した。
エイベルは1891年にナイトに、1893年には准男爵に叙された。そして1902年9月6日、ロンドンで死去した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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