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ピエトロ・スカルピーニ : ミニ英和和英辞書
ピエトロ・スカルピーニ[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

ピエトロ・スカルピーニ : ウィキペディア日本語版
ピエトロ・スカルピーニ[ちょうおん]
ピエトロ・スカルピーニ(Pietro Scarpini, 1911年4月6日 - 1997年11月27日)は、イタリアピアノ奏者〕、作曲家
ローマの生まれ。地元のサンタ・チェチーリア国立アカデミアアルフレード・カゼッラピアノ、フェルナンド・ジェルマーニにオルガン、アレッサンドロ・ブスティーニに作曲ベルナルディーノ・モリナーリ指揮法を学ぶ。またパウル・ヒンデミットの薫陶も受け、ローマ大学音楽学の学位も取得した。1936年にモーツァルトピアノ協奏曲第9番ラフマニノフパガニーニの主題による狂詩曲を弾いてローマでピアニストとしてデビューを飾り、ヨーロッパ各地を演奏して回って名声を確立した。1938年にはヒンデミットの4手のピアノ・ソナタを作曲者と共に初演している。第二次世界大戦後はアメリカにも足をのばし、ディミトリ・ミトロプーロスジョージ・セルらと共演している。1946年にプロコフィエフピアノソナタ第7番のイタリア初演を行ったり、1952年にはシェーンベルクのピアノ作品の全曲演奏会を催したり、ルイジ・ダッラピッコラの作品の初演に関わったりと、同時代の作曲家の作品を積極的に擁護する姿勢を見せた。またブゾーニピアノ協奏曲をレパートリーに入れていた。一方でバッハの作品への造詣も深く、1954年には《フーガの技法》、1960年には平均律クラヴィーア曲集全二巻をプログラムに演奏会を開いた。
教師としてのスカルピーニは、1948年から1950年及び1968年から1971年までシエーナキジアーナ音楽院教授を務め、パルマフィレンツェナポリミラノ、ローマの各音楽院でも教えた。1950年にはダルムシュタット夏季現代音楽講習会講師として参加している。
作曲家としてはピアノやオルガンの為の小品の他、ピアノ五重奏曲やピアノ協奏曲などを発表している。
フィレンツェにて没。
== 出典 ==





抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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