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ハノーファー選帝侯 : ミニ英和和英辞書
ハノーファー選帝侯[こう]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
: [せん]
 【名詞】 1. (1) selection 2. choice 3. election 4. (2) compilation 5. editing 
: [みかど]
 【名詞】 1. (1) emperor (of Japan) 2. mikado 3. (2) (the gates of an) imperial residence 
: [こう]
  1. (n,n-suf) marquis 2. lord 3. daimyo 

ハノーファー選帝侯 ( リダイレクト:ハノーファー君主一覧 ) : ウィキペディア日本語版
ハノーファー君主一覧[はのーふぁーくんしゅいちらん]

ハノーファー君主一覧では、ハノーファーを中心とする領邦国家を統治した君主を列挙する。
ヴェルフ家が支配するブラウンシュヴァイク=リューネブルク公国は頻繁に一族間で領地の分割が行われた。このうち、カレンベルク侯領ゲッティンゲン侯領を相続したゲオルクハノーファーに拠点を移した。ゲオルクの息子であるエルンスト・アウグスト1692年選帝侯位を獲得し、それは居住地であるハノーファーに因んでハノーファー選帝侯と呼ばれるに至った。
次代のゲオルク・ルートヴィヒが1705年リューネブルク侯領を相続したことによりブラウンシュヴァイク=リューネブルクは再統一に近い形となった(ヴォルフェンビュッテル侯領は同族が治めていた)。さらにゲオルク・ルートヴィヒはイングランド王ジェームズ1世の曾孫であったことから、1714年にイギリス(グレートブリテン王国)の国王ジョージ1世として即位した。こうしてハノーヴァー朝が創始され、ハノーファーとイギリス同君連合体制が敷かれた。なお、選帝侯及び王家の名前として一般にハノーファーが使われているが、正式名称はブラウンシュヴァイク=リューネブルク選帝侯であり、家名も正式にはブラウンシュヴァイク=リューネブルク家の名がもっぱら使用された。
ゲオルク3世(ジョージ3世)の代にはフランス帝国によるハノーファー占領と1806年神聖ローマ帝国崩壊で選帝侯の地位を失った。1814年ウィーン会議の結果、ハノーファー王国が成立し、ゲオルク3世はその初代国王となる。1837年ヴィクトリアが即位したが、ハノーファーは女子の相続を認めないサリカ法を採用していたので、叔父のカンバーランド公エルンスト・アウグストがハノーファーの王位に就く事でイギリスとの同君連合は解消された。ただし、同君連合解消後もカンバーランド公及びイギリス王族の地位は認められた。エルンスト・アウグストの息子ゲオルク5世1866年に勃発した普墺戦争オーストリア側に就き、その結果ハノーファー王国はプロイセンに占領・併合されて滅びた。
== ハノーファー選帝侯 (1692年 - 1814年) ==


抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「ハノーファー君主一覧」の詳細全文を読む




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