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トゥドハリヤ4世 : ウィキペディア日本語版
トゥドハリヤ4世[とぅどはりや4せい]

トゥドハリヤ4世Tudhaliya IV、在位:紀元前1240年頃 - 紀元前1215年頃)は、ヒッタイト大王。熱心な神殿建築で知られ、数多くの建造物遺跡を残した。
== 来歴 ==

=== 王位 ===
大王ハットゥシリ3世の息子として生まれ、兄がいたにもかかわらず父の跡を継いでヒッタイトの大王となった。しかし父王の時代にアナトリア南部のタルフンタッシャで副王に封じられていた、トゥドハリヤの従兄弟にあたるクルンタが勢力を拡大して大王位の正当な後継者であることを主張しており、トゥドハリヤ4世はその対応に苦慮した。トゥドハリヤ自身、父がクルンタの兄に当たるムルシリ3世から王位を奪ったことに批判的で、父の側について王に背いたマストゥリという人物を批判していたからである。トゥドハリヤとクルンタの双方は互いに神々の前で友好を誓約することとし、その誓約を文書として残した。この時の条約文を記した青銅板がハットゥシャ遺跡のスフィンクス門の近くで発見されている。
一方クルンタが「大王」を名乗る印影もハットゥシャで発見されており、短期間にせよ何らかの形でクルンタがハットゥシャにヒッタイトの大王として君臨したことは否定しがたい。それがトゥドハリヤの治世中に起きたのか、それともトゥドハリヤの死後に起きたのか〔トゥドハリヤの息子シュッピルリウマ2世はその碑文において、治世初期にタルフンタッシャを攻撃したと記録しており、これは王位を奪ったクルンタに対する復讐だった可能性もある〕、この青銅板誓約の前か後か、また戦闘を伴ったか否かなど、依然両者の関係には解明すべき問題が多い。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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