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セルビア幻想曲 : ミニ英和和英辞書
セルビア幻想曲[せるびあげんそうきょく]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

ビア : [びあ]
 【名詞】 1. beer 2. (n) beer
: [まぼろし]
 【名詞】 1. phantom 2. vision 3. illusion 4. dream 
幻想 : [げんそう]
 【名詞】 1. illusions 
幻想曲 : [げんそうきょく]
 【名詞】 1. fantasy 2. fantasia
: [そう]
 【名詞】 1. conception 2. idea 3. thought 
: [きょく, くせ]
 【名詞】 1. a habit (often a bad habit, i.e. vice) 2. peculiarity

セルビア幻想曲 : ウィキペディア日本語版
セルビア幻想曲[せるびあげんそうきょく]

セルビア幻想曲』(、)作品6は、ニコライ・リムスキー=コルサコフ1867年に作曲した管弦楽曲。正式な名称は『セルビアの主題による幻想曲』(、)〔参考文献は全て「セルビア幻想曲」を用いている。〕。演奏時間はおよそ7分。
== 概要 ==
1867年5月にモスクワでスラヴ民俗誌学会議が開催され、参加諸各民族のうち、チェコセルビアクロアチアの代表団がサンクトペテルブルクを訪問することとなった。これを記念してバラキレフは、グリンカダルゴムイシスキーリヴォフモニューシュコリストベルリオーズ等の作品によるスラヴ音楽演奏会を計画し〔リストは『ハンガリー幻想曲』、ベルリオーズは『ハンガリー行進曲』が取り上げられた。スターソフハンガリースロバキアと同意語と思い込み、スラヴ的作品と見なしたためらしい。この演奏会を褒め称えたスターソフの文章の一節「小さいが既に力強いロシアの音楽家の一団」が「力強い仲間、ロシア5人組」の語源となった(参考文献「ロシア音楽史」p.74)。〕、自らも『チェコの主題による序曲』を作曲し演目に加えた〔1905年交響詩『ボヘミアにて』に改作。〕。バラキレフは更にリムスキー=コルサコフにもセルビアの主題に基づく作品を求め、題材を提示した。その結果、生まれたのが本作である。リムスキー=コルサコフはその自伝の中で、作曲の依頼を受けた頃、バラキレフの家に出入りするチェコやその他のスラヴ人に会い、その会話に耳を澄ましたが、汎スラヴ主義運動には関心を示すことができず、会話の中身を理解することがほとんどできなかったと告白している。それでも作曲に取り掛かったのは、バラキレフが提示した主題が魅力的であったためである〔参考文献「ロシア音楽史」p.303-304、外部リンク「翻訳の試み」p.153-154。〕。チャイコフスキー1868年3月10日(ユリウス暦)の新聞「現代年代記」に掲載された彼の最初の評論「リムスキー=コルサコフ氏の《セルビア幻想曲》について」で作品を擁護し、リムスキー=コルサコフを「まだ若いが、彼には洋々たる前途があることを思い出すべきである。またこの人の非凡な天分から判断して、われわれの芸術をよりすばらしく飾るひとりになることは疑いない」〔紙名・日付は参考文献「ロシア音楽の魅力」p.163を参照、文章は参考文献「ボロディン/リムスキー=コルサコフ」p.215より引用。〕と賞賛し、これが彼とロシア5人組の交流が生まれるきっかけの一つとなった。1887年に改訂され、楽譜はベリャーエフ社から出版された。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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