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ゴール朝 : ミニ英和和英辞書
ゴール朝[ごーるあさ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)
: [あさ, ちょう]
 (n-adv,n-t) morning

ゴール朝 : ウィキペディア日本語版
ゴール朝[ごーるあさ]

ゴール朝ペルシア語 : غوريان Ghūrīyān)は、現在のアフガニスタンに興り、北インドに侵攻してインドにおけるムスリムの最初の安定支配を築いたイスラーム王朝11世紀初め頃 - 1215年)。グール朝、シャンサバーニー朝とも表記し、王家はシャンサブ家という。
== 概要 ==

=== ゴール朝の先祖 ===
シャンサブ家を首長とするシャンサバーニー族は、現在のアフガニスタン中部、( - - ハリー・ルード、)上流にあたるヘラートの東の山岳地帯ゴール地方(グール、マンデーシュとも)に居住しイラン系の言語を話していた人々で、地名からゴール人あるいはグール人と呼ばれたため、王朝の名が起こった。王統の起源については詳しいことは不明であるが、ゴール朝滅亡後にまとめられた年代記によると、その先祖は第4代正統カリフアリーの時代にイスラム教に帰依し、バンジー・シャンサバーニーのとき、アッバース朝ハールーン・アッ=ラシードによってゴール地方の領主に定められたという。
確実なところでは11世紀初頭頃に歴史上にあらわれ、ガズナ朝の英主マフムードの遠征を受けてガズナ朝に服属した。その後、ガズナ朝衰退後の11世紀末にガズナ朝とセルジューク朝との緩衝地帯になったことから自立し、1099年に独立を認められたが、1108年にはアフガニスタン北西部からイランにかけてのホラーサーンに拠るセルジューク朝のサンジャルによる支配を受け、セルジューク朝に服属した。
ゴールの地方勢力であった頃のゴール朝は、シャンサバーニー族の部族制国家の性格が強く王朝内部の争いがしばしば起こったが、12世紀には、王家の一員クトゥブッディーンが兄弟たちの争いからガズナの宮廷に逃れたところ毒殺される事件があった。また、この事件の後には、ゴール朝のサイフッディーンは一時ガズナを占領したもののガズナ朝を支持する民衆たちの反感からまもなく捕虜となって処刑され、ゴール朝とガズナ朝は対立を深めた。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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