翻訳と辞書
Words near each other
・ カール・フェルディナント・フォン・エスターライヒ
・ カール・フェルディナント・フォン・エスターライヒ=テシェン
・ カール・フェルディナント・ブラウン
・ カール・フェルディナンド・ゾーン
・ カール・フェルディナンド・ブラウン
・ カール・フォアマン
・ カール・フォガティ
・ カール・フォンタナ
・ カール・フォン・アストゥリアス
・ カール・フォン・アストゥリエン
カール・フォン・アーミラ
・ カール・フォン・エスターライヒ
・ カール・フォン・エスターライヒ (1560-1618)
・ カール・フォン・エスターライヒ (1590-1624)
・ カール・フォン・エスターライヒ=エステ
・ カール・フォン・エスターライヒ=テシェン
・ カール・フォン・オシエツキー
・ カール・フォン・オシエツキー大学オルデンブルク
・ カール・フォン・ガラグリ
・ カール・フォン・クラウゼビッツ


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

カール・フォン・アーミラ : ミニ英和和英辞書
カール・フォン・アーミラ[かー]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

カー : [かー]
 【名詞】 1. car 2. (n) car
: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

カール・フォン・アーミラ : ウィキペディア日本語版
カール・フォン・アーミラ[かー]
カール・フォン・アーミラ(Karl von Amira, 1848年3月8日 - 1930年6月22日)は、ドイツ法制史学者。
バイエルン王国(現バイエルン州)のアシャッフェンブルク出身。判事であった父の影響を受けてミュンヘン大学で法律を学び、後にフライブルク大学の教授となる。ゲルマニステンに傾倒し、パングステン法学に批判的であったが、ドイツ民法典編纂によって法制史への関心が低下していく中で、ドイツ一国の法制史ではなく、ゲルマン民族全体の法制史の追求を図ることで生き残りを図った。文献学古事学の研究成果を採用した彼はゲルマン法の原流を北方ゲルマン法に求め、特にゲルマン法の法ドグマ(法原理)として重要視されてきた「債務と責任」の原点が同法にあると考えていた。1882年から13年かけて刊行された『北方ゲルマン債権法』と呼ばれる一群の書籍はその集大成であった。更にザクセンシュピーゲルなど中世ドイツ法文献に関する文献学研究を批判して新たな観点を提示し、その後の研究に影響を与えた。
1930年、ミュンヘンで死去した。
== 参考文献 ==

*上山安敏「アーミラ」(『社会科学大事典 1』鹿島研究所出版会、1968年 ISBN 978-4-306-09152-8)




抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「カール・フォン・アーミラ」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.