翻訳と辞書
Words near each other
・ オットー・フォン・ゲーリケ
・ オットー・フォン・コッツェブー
・ オットー・フォン・コツェブー
・ オットー・フォン・ノルトハイム
・ オットー・フォン・ハプスブルク
・ オットー・フォン・ビスマルク
・ オットー・フォン・ビスマルク (1897-1975)
・ オットー・フォン・フライジング
・ オットー・フォン・フライズィング
・ オットー・フォン・ベロウ
オットー・フォン・ホーエンシュタウフェン
・ オットー・フォン・マントイフェル
・ オットー・フォン・ロッソウ
・ オットー・フォン・ヴェルダン
・ オットー・フォーシュナー
・ オットー・フランク
・ オットー・フランツ・フォン・エスターライヒ
・ オットー・フリッシュ
・ オットー・フリードリッヒ・ボルノウ
・ オットー・フリードリヒ・ボルノー


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

オットー・フォン・ホーエンシュタウフェン : ミニ英和和英辞書
オットー・フォン・ホーエンシュタウフェン[ちょうおん]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

オットー・フォン・ホーエンシュタウフェン ( リダイレクト:オトン1世 (ブルゴーニュ伯) ) : ウィキペディア日本語版
オトン1世 (ブルゴーニュ伯)[おとん1せい]

オトン1世(Othon Ier de Bourgogne, 1167年から1171年 - 1200年1月13日)は、ブルゴーニュ伯(在位:1190年 - 1200年)およびルクセンブルク伯(在位:1196年 - 1197年)。神聖ローマ皇帝フリードリヒ1世と妃であるブルゴーニュ女伯ベアトリス1世の四男。皇帝ハインリヒ6世の弟、フィリップの兄である。ドイツ名でオットー1世(Otto I.)、オットー・フォン・ホーエンシュタウフェン(Otto von Hohenstaufen)とも呼ばれる。
1190年に父フリードリヒが死去した際、元は母のものであったブルゴーニュ伯領を相続した。
1196年にルクセンブルク伯ハインリヒ4世が死去した際、皇帝ハインリヒ6世は伯領を略取して弟オトンに与えた。ハインリヒ4世には一人娘で相続人のエルメジンデがおり、その夫であるバル伯ティボー1世がオトンと交渉した結果、翌1197年にオトンはルクセンブルクを放棄した。
オトンは1190年にブロワティボー5世の娘マルグリットと結婚し、2女をもうけた。
*ジャンヌ(1191年 - 1205年)
*ベアトリス(1193年 - 1231年)
1200年にオトンがブザンソンで暗殺された後、ブルゴーニュ伯は長女ジャンヌが幼くして継いだが、早世したために次女ベアトリスがその後を継いだ。




抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「オトン1世 (ブルゴーニュ伯)」の詳細全文を読む

英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Otto I, Count of Burgundy 」があります。




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.