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オスマン帝国の行政区画 : ミニ英和和英辞書
オスマン帝国の行政区画[おすまんていこくのぎょうせいくかく]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [みかど]
 【名詞】 1. (1) emperor (of Japan) 2. mikado 3. (2) (the gates of an) imperial residence 
帝国 : [ていこく]
 【名詞】 1. empire 2. imperial 
: [くに]
 【名詞】 1. country 
: [くだり, ぎょう]
 【名詞】 1. (1) line 2. row 3. (2) verse 
行政 : [ぎょうせい]
 【名詞】 1. administration 
行政区 : [ぎょうせいく]
 (n) administrative district
行政区画 : [ぎょうせいくかく]
 (n) administrative district
: [せい, まつりごと]
 【名詞】 1. rule 2. government 
: [く]
 【名詞】 1. ward 2. district 3. section 
: [かく, が]
 【名詞】 1. stroke 

オスマン帝国の行政区画 : ウィキペディア日本語版
オスマン帝国の行政区画[おすまんていこくのぎょうせいくかく]

オスマン帝国の行政区画(オスマンていこくのぎょうせいくかく)は、軍事上で区分された区画であると同時に、帝国を統治するにおいても重要な役割を果たした。また、帝国外には多様な属国や貢納国が存在していた。
オスマン帝国の行政区分については、大きく2つの時代があり、帝国が拡大した時代である初期の行政区画と、1864年に改革された後期の行政区画がある。
==初期の行政区分==

オスマン帝国の最初の行政区画は、セルジューク朝の属国として中央アナトリア地方に建国された時から始まる。その後オスマン家が統治した間に、オスマン君侯国は周囲の小国やベイリク(君侯国)を併合した。この拡大は、世襲制の統治者であるベイを置いた、セルジューク朝の統治方法を利用したものであった。つまり、ベイに統治を続けさせる代わりに、オスマン君侯国のスルタンへの宗主権を認めさせたのであった。
初期のオスマン帝国は、サンジャク(県)といった行政区分が置かれた。サンジャクはスルタンが管理するサンジャクと、スルタンの子供が管理するサンジャクに分けられた。また、サンジャクの統治には、スルタンから軍旗を授与された司令官であるサンジャク・ベイスが当てられた。
しかし、オスマン帝国がヨーロッパ地域に拡大するにつれて、サンジャクの上位の区分を置く必要性が生じてきたために、ムラト1世(1359-1389)は
ベイレルベイを創設し、ルメリアに置いた。また同時にベイレルベイリク(州、のちにエヤレトとなる)がアナトリア地方のルム地方(現在のアマスィヤ周辺)に置かれ、スルタンが直接統治を行った。ベイレルベイリクの創設によって、サンジャクは第二位の行政区分となったが、新しく併合された地域など、ベイレルベイリクが置かれていない地域では、サンジャクが最上位の行政区分となることもあった。またベイレルベイは、州全土の軍隊の指揮権も与えられていた。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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