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ウォルター・クルーガー : ミニ英和和英辞書
ウォルター・クルーガー[ちょうおん]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

ウォルター・クルーガー : ウィキペディア日本語版
ウォルター・クルーガー[ちょうおん]

ウォルター・クルーガーWalter Krueger, 1881年1月26日-1967年8月20日)はアメリカ陸軍の軍人、最終階級は大将
西プロイセンで軍人の子として生まれ、のちにアメリカに移ったドイツ系アメリカ人第二次世界大戦期のニューギニアの戦いおよびフィリピンの戦いにおいてアメリカ第6軍を率いて日本軍と対峙し、これを駆逐した。陸軍士官学校(ウェストポイント)卒業生(ウェストポインター)ではなかったクルーガーは、一介の兵卒から大将に昇進した最初のアメリカ陸軍の軍人でもあった。
ナチス・ドイツにおけるドイツ国防軍のや武装親衛隊ヴァルター・クリューガー(Walter Krüger)親衛隊大将とは全くの別人であるが、「ü」が代用表記で「Ue」と記された場合には同じアルファベット表記となる。
== 生涯 ==

===前半生===
ウォルター・クルーガーは1881年1月26日、ドイツ帝国西プロイセンのフラトウ(現在のポーランド領ズウォトゥフ)に、地主の息子で普仏戦争に従軍した軍人のユリウス・クルーガーと、妻アンナの間に生まれる。ウォルターが8歳のときにユリウスが亡くなると、アンナは3人の子供を連れて叔父のいたミズーリ州セントルイスのに移り住み、再婚後にはインディアナ州に引っ越した〔#Holzimmer p.10〕。
1898年6月17日、クルーガーは高等学校の仲間とともに第二義勇歩兵部隊に入隊し、米西戦争に参加する。サンティアーゴ・デ・クーバに到着してを戦い、1899年2月に部隊から離れたあとはオハイオ州で土木技師となる。しかし、間を置かずして1899年6月に勃発した米比戦争は、クルーガーを兵士として呼び戻した。に入隊したクルーガーは、アーサー・マッカーサー・ジュニア少将率いる第2歩兵師団の一部としてエミリオ・アギナルド率いる反乱軍と対決するためにフィリピンにわたり、第12歩兵連隊はアギナルドを追ってアンヘレスからタルラックを経てと、ルソン島中央部を縦断して進撃した〔。この米比戦争のさなかにクルーガーは軍曹に昇進し、次いで1901年7月1日には少尉に任官してマリンドゥケの第30歩兵連隊に異動した〔#Holzimmer pp.15-16〕。
1903年12月、クルーガーは第30歩兵連隊とともにアメリカに帰国し、翌1904年9月にはフィリピンで出会ったグレース・アイリーン・ノーヴェルと結婚した。グレースとの間にはジェームズ・ノーヴェル・クルーガー(1905年7月29日 - 1964年12月)、ウォルター・クルーガー・ジュニア(1910年4月25日 - 1997年2月15日)および1913年1月24日に生まれたドロシー・ジェーン・クルーガーの3人の子供をもうけた〔#Holzimmer p.16,18,20〕。ジェームズとウォルター・ジュニアはともにウェストポイントに進み、ジェームズは1926年組、ウォルター・ジュニアは1931年組であった〔。ドロシーはオーブリー・デウィット・スミス大佐と結婚し、軍人一族としての枝を伸ばした。
1904年、クルーガーはカンザス州レブンワース砦にある歩兵・騎兵学校に進み、1907年にはアメリカ陸軍指揮幕僚大学に進んだ。フィリピンへの二度目の赴任のあと、クルーガーはレブンワースにおいて語学教師を務め、英語とフランス語と同様に話せるスペイン語およびドイツ語を教えた。語学のみならず、規律と訓練および軍事史学についても長けていたクルーガーは、これらについても教えることがあった〔#Holzimmer pp.18-22〕。特にドイツ帝国将校の『戦術(Tactics)』をはじめとするドイツ帝国軍関連の著作の翻訳をいくつか手がけた。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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