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くりやまカルチャープラザEki : ミニ英和和英辞書
くりやまカルチャープラザEki[ちょうおん]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ちょうおん]
 (n) long vowel mark (usually only used in katakana)

くりやまカルチャープラザEki ( リダイレクト:栗山駅 ) : ウィキペディア日本語版
栗山駅[くりやまえき]

栗山駅(くりやまえき)は、北海道夕張郡栗山町錦4丁目にある北海道旅客鉄道(JR北海道)室蘭本線である。電報略号クリ。かつては急行「夕張」の停車駅だった。
かつては室蘭本線と夕張鉄道線が交叉する駅として賑わいを見せていた。現在も駅前にバスターミナルがあり、交通の要衝となっている。由仁駅から当駅まで複線だが当駅から岩見沢駅まで単線となっている(#その他も参照のこと)。
== 歴史 ==
* 1893年(明治26年)7月1日 - 北海道炭礦鉄道の駅として開業。一般駅
* 1901年(明治34年)
 * 1月12日 - 駅舎焼失。
 * 下期 - 駅舎新築。
* 1906年(明治39年)10月1日 - 北海道炭礦鉄道の鉄道路線国有化により、国有鉄道に移管。
* 1926年(大正15年)10月14日 - 夕張鉄道が当駅から新夕張(後の夕張本町)を開業し接続駅となる。
* 1930年(昭和5年)11月3日 - 夕張鉄道が野幌から当駅を開業し夕張鉄道線と室蘭本線の交叉点となる。
* 1938年(昭和11年) - 北海道コンクリート製品工業(後に北海道ヒューム管を経て日本高圧コンクリート)栗山工場操業開始、専用線使用開始?〔昭和26年版全国専用線一覧にて0.2km。なお昭和58年版まで記載。〕。
* 1937年(昭和12年) - 日本電気冶金(後の日本電工)栗山工場操業開始、専用線使用開始?〔昭和26年版全国専用線一覧にて0.5km。なお昭和58年版まで記載。〕。
* 1952年(昭和27年)4月 - 夕張鉄道が旅客用気動車導入。
* 1968年(昭和43年)
 * - 複線化工事に合わせ夕張鉄道立体交差部改築〔栗山町史 第2巻 平成3年3月発行。〕。
 * 10月1日- 新栗山トンネル完成、新線切り替え。由仁-当駅間複線化〔。
* 1969年(昭和44年)
 * 7月15日 - コンテナ基地設置〔。
 * 10月1日 - 当駅-栗丘間複線化〔。
* 1973年(昭和48年)9月23日 - 駅裏連絡のための跨線人道橋(自由通路)設置〔。
* 1974年(昭和49年)4月1日 - 夕張鉄道線が野幌 - 当駅で旅客営業を休止する。また同日に同線が北海道炭礦汽船に譲渡される。
* 1975年(昭和50年)4月1日 - 夕張鉄道線野幌 - 鹿ノ谷間が正式に廃止となり、接続駅としての役目を終える。
* 1982年(昭和57年)11月15日 - コンテナ取扱い廃止〔。
* 1984年(昭和59年)
 * 2月1日 - 貨物・荷物取扱い廃止。
 * 4月1日 - 簡易委託駅となる〔。
* 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化によりJR北海道に継承。
* 2000年(平成12年)12月 - 現在の駅舎が竣工し、北海道中央バスによる「栗山駅」バス停設置。なお夕張鉄道(バス)については従前より「栗山駅前」バス停を名乗っている。
== 駅構造 ==


相対式ホーム2面2線をもつ地上駅
かつて夕張鉄道線と接続していた頃は3面5線をもち、1~3番線は室蘭本線、4~5番線は夕張鉄道線となっており、それぞれのホームは跨線橋で結ばれていた。夕張鉄道線の改札業務やきっぷの販売は国鉄へ委託されていた。島式ホーム2~3番線には待合室が設置され、同じく島式ホーム4~5番線にはそば、うどんスタンドが設置されていた。
夕張鉄道線廃止後、4~5番線ホームとそれに続く跨線橋は撤去されたものの、引き続き規模の大きい駅構内には貨車が多数留置されているなど活気が感じられる駅だったが、1980年代半ばに大半が撤去され、現在は必要最小限の設備を残されているのみである。1番線と2番線の間に中線があるが、使用されていない。また1980年代までは「のりかえ 野幌方面」という駅名標が3番線側に表示されたままとなっていた(ただしこの時点で3番線に発着する旅客列車はなかった)。夕張鉄道線等の線路があった西側は、日本高圧コンクリート工場の資材置き場などとなった。
かつての改札口はホームへの入場用と出場用に分かれており、ホームへの入場専用改札口は駅舎内に設置されていたが、出場専用改札口がホームから直接出場する構造だった。1984年の簡易委託化により、それまでの入場専用改札口が出入口となり、出場専用改札口は閉鎖された。同時に改札業務は行わなくなった。
駅舎は2000年(平成12年)に建て替えられ、町の交流施設「くりやまカルチャープラザEki」と合築した複合駅舎となったが、この時キオスクが撤退した。旧来からの跨線橋は撤去され、駅東西の連絡橋を兼ねた新たな跨線橋が駅舎から反対側のホームにそのままのびている。駅舎内にはエレベータが設置され、段差もなく、設置されているトイレを含めてバリアフリー構造となっている(ただしホームは従前どおりの白線が敷かれているのみであり、黄色い点字ブロックの設置はされていない)。
また、2番線側から直接ホームへ出入りすることも可能となっている。
駅舎内にはコインロッカー(無料)が設置されている。
簡易委託駅となっている(栗山観光協会が受託、管理駅は追分駅)。JR線の乗車券とともにバス乗車券(北海道中央バス路線分のみ)も扱っている。窓口営業時間は8時00分から18時00分まで(土日は16時00分まで)。改札は実施していない。肉声によりJR線及びバス路線の案内放送が行われている。


抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「栗山駅」の詳細全文を読む

英語版ウィキペディアに対照対訳語「 Kuriyama Station 」があります。




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