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安保実光 : ウィキペディア日本語版
安保実光[あぼ さねみつ]
安保 実光(あぼ さねみつ、永治2年(1142年)? - 承久3年(1221年))は、平安時代末期から鎌倉時代前期にかけての武蔵国丹党の武将。通称二郎。刑部丞。没した歳は80歳とも伝えられる。丹党系安保(阿保)氏の祖。
父は秩父(丹)綱房(のちの新里恒房)で、その次男として二郎実光は生まれる。その後、父から武蔵国賀美郡(現児玉郡西部域)の安保郷(現神川町元阿保)の地を譲られ、居住し、安保(阿保)氏を称した。子息は、安保五郎左衛門尉実房安保六郎兵衛光重安保七郎左衛門尉実員などで、この内、五郎実房と六郎光重は、建久元年(1190年)の源頼朝の入洛(京へ行く)時の随兵として、『吾妻鏡』に名が確認できる。
実光の戦歴は、一ノ谷の戦い奥州合戦承久の乱で、『吾妻鏡』にも確認できる。承久の乱の時、二郎刑部丞実光は老齢の身であったが、北条政子の命で参戦した。実光が属した勢力は、美濃摩免土で官軍の第一線を破り、数十名の関東武士と共に宇治川へ向った。そして宇治川の戦いで溺死する事となる。宇治川を渡ろうとする前、塩谷家経児玉党系塩谷氏の2代目)と語り合ったとされる。家経の方も71歳と言う老齢の身であり、実光と同様、重い鎧を着たまま荒れ狂う宇治川の激流に流され、溺死した。これらは老いてもなお武蔵武士の勇ましさを示す事となる。
子孫のその後だが、安保氏の直系の宗家(惣領家)である安保宗実(入道して道堪)は、鎌倉幕府の滅亡と共に滅び、結果として、実光の七男(実員)の子孫である安保光泰、つまり安保氏の分家筋が宗家を継ぐ形となり、安保氏は鎌倉時代以後も栄える事となる。




抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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