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仁連宿 : ウィキペディア日本語版
仁連宿[にれいしゅく]
仁連宿(にれいしゅく、にれいじゅく)は、江戸時代日光東街道(関宿通多功道)における下総国宿場。現在は茨城県古河市仁連に相当する。
日光東街道の起点となる水戸街道小金宿我孫子宿間の追分から数えて6番目の宿場である。
== 歴史 ==
宿駅の成立は、正保4年(1647年)、仁連村名主・善右衛門が街道を通る荷物の馬継を始め、慶安元年(1648年)に幕府がこれを追認したことによる〔『三和町史 通史編 近世』 201頁(諸川・仁連・谷貝町(宿)の成立)〕。宿駅の管理は主に幕府が担った。ただし、寛永16年(1639年)から享保10年(1725年)までは下野国壬生藩領であった〔『三和町史 通史編 近世』 49-66頁(譜代諸藩の成立と異動)〕。〔『日光東街道 諸川・仁連・谷貝町~景観いま、むかし~』 36-45頁(日光東街道 仁連町・大和田村のいま、むかし)〕

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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