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米朝のよもやま噺 : ミニ英和和英辞書
米朝のよもやま噺[べいちょう]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [こめ]
 【名詞】 1. uncooked rice 
米朝 : [べいちょう]
 【名詞】 1. America-North Korea 2. America and North Korea
: [あさ, ちょう]
 (n-adv,n-t) morning
よもや : [よもや]
  1. (adv) surely 2. certainly
もや : [もや]
 mist

米朝のよもやま噺 ( リダイレクト:米朝よもやま噺 ) : ウィキペディア日本語版
米朝よもやま噺[べいちょう よもやまばなし]

米朝よもやま噺(べいちょう よもやまばなし)は、ABCラジオ朝日放送)で2005年4月9日から2013年9月29日まで放送されていたトーク番組。「上方落語の大御所」として知られる人間国宝桂米朝による冠番組で、生前最後のレギュラー番組でもあった。
番組開始から2009年3月までは、新光証券(現・みずほ証券)の1社提供番組であったことから、新光証券PRESENTS 米朝よもやま噺というタイトルを冠していた。2006年4月から2009年3月までは、ニッポン放送でもABCとは異なる曜日・時間帯で放送。新光証券がスポンサーから降りた同年4月から、番組タイトルを米朝よもやま噺に改めている〔放送上は、新光証券のスポンサー撤退後もCM枠を設定。2010年頃までは、本編終了時の20秒でACジャパン(2009年6月までは公共広告機構)の啓発CMを放送していた。2011年頃からは、インターネットラジオradikoについてのスポットCMを流していた。〕。
== 概要 ==
米朝が肉声で上方芸能史を語ることや、一芸を極めて世間から「大物」と呼ばれたゲストの一部(小沢昭一茂山千之丞喜味こいしなど)が放送後に逝去したことなどから、「芸能・文学関連の音声アーカイブとしての価値が非常に高い番組」とされている。
番組開始当初は、米朝が自らの落語人生を振り返りながら、日常生活で感じていることや上方演芸文化について研究したことを自由に語る「一人語り」を中心に放送。米朝にゆかりのある落語家・演出家・俳優や関西出身・在住の著名文化人を1~2名ゲストに迎えた対談を軸とした「交遊録」を流すこともあった。2006年以降は、このような対談を事前に収録したうえで放送することが多かった。
実際の収録では、番組スタッフを進行役に立てたうえで、米朝やゲストに話を聞いていた。開始当初はそのスタッフの氏名を放送で紹介していなかったが、竹本綱大夫をゲストに迎えた2006年4月9日(ニッポン放送は10日)の放送で、朝日放送テレビ(ABCテレビ)のプロデューサー・市川寿憲であることが発表された。米朝が体調不良などで収録を休む場合には、米朝の長男・5代目桂米團治をはじめ、米朝の弟子に当たる落語家などをゲストに迎えて放送した。
基本として火曜日の夕方に収録。2010年12月時点では、番組途中からの特別出演を含めて、桂ざこばが最も多くゲストで登場している。ABCラジオが同年3月に『元気イチバン!!芦沢誠です』(平日夕方の生ワイド番組)の放送を終了するまでは、同番組の火曜日にレギュラーで出演していた関係で、同番組の本番を終えてから当番組の収録に臨んでいた。
また、直近の放送内容を書き起こしたエッセイ「米朝口まかせ」を、「朝日新聞」関西版夕刊の芸能面に毎週連載(#新聞連載を参照)。さらに、その連載をまとめた番組本を4冊刊行している。
しかし、米朝は2013年8月26日から肺炎で入院。ABCラジオでは、米朝の年齢(87歳)や直近数年間の体調などを総合的に判断したうえで、同年9月29日の放送で当番組を終了させることを決めた〔桂米朝さんの「よもやま噺」月内終了へ ABCラジオ (「朝日新聞2013年9月11日付関西版記事)〕。なお、終了決定前の8月には、「夏休みスペシャル」として2週にわたってアンコール放送。2013年6月に実施した最後の収録分を9月15日放送分までに流したうえで、22日29日にも、放送済み音源の再構成による「傑作選」を放送した〔桂米朝さん:ラジオ番組終了へ 朝日放送「体調考え判断」 (「毎日新聞2013年9月12日付関西版記事)〕。
番組ではリスナーからのメッセージを随時募集。メッセージを投稿しリスナーから、毎週1名に米朝関連の書籍を進呈していた。過去に進呈された書籍は以下の通り。
* 2005年4-7月 サイン入り写真集「桂米朝・噺の世界」
* 2005年8月-2006年3月 「桂米朝集成
* 2006年4月- 「落語と私」
* 2007年11月25日のみ 「四世桂米團治 寄席随筆」
公式サイトでは当初、毎回の放送終了後に、文章とスタジオ風景写真を交えながら公式サイトで放送内容を紹介していた。しかし、番組本の刊行を始めたこともあって、2007年頃から公式サイトの更新の頻度が低下。番組終了時点では、番組の概要紹介、米朝の人物紹介、電子メールによるメッセージの投稿フォームに特化していた。
番組冒頭のタイトルコールと提供アナウンス、ゲストがある週のプロフィールなどの紹介は、開始当初から基本として鳥木千鶴(放送期間中は朝日放送アナウンサー)が担当。ただし、鳥木が出産・育児休暇で降板した期間には、鳥木の後輩アナウンサー・橋詰優子が紹介していた。
ABCラジオでは2013年10月6日から、上方落語漫才浪曲講談の名人芸をアーカイブ音源を通じて紹介する番組として、当番組の放送枠で『ラジオわろうてい』を放送している。その一方で、当番組終了直後の同月3日には、市川が54歳で永眠。米朝自身も2015年3月19日に89歳で永眠したため、当番組が米朝にとって生前最後の冠番組・レギュラー番組になった。
朝日放送では、米朝の逝去翌日から、テレビ・ラジオで米朝の追悼特集を放送する場合に当番組の音源や収録時のスタジオ映像を適宜使用。
2015年4月26日(日曜日)には、当番組の放送済み音源を交えたざこば・米團治・三代澤康司(『ラジオわろうてい』で「席亭」を務める同局アナウンサー)出演の追悼番組『桂米朝 最後のよもやま噺』が、ABCラジオでの24:30 - 26:00に放送された〔同時間帯に通常放送される中村こずえのサウンドピクチャー(24:30 - 25:30)は放送休止となった。またABCラジオの放送終了も30分延長された。〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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