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鯱ノ里一郎 : ミニ英和和英辞書
鯱ノ里一郎[しゃちのさと いちろう]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [しゃちほこ, しゃち]
 (n) mythical carp with the head of a lion and the body of a fish (auspicious protectors of well-being)
: [り]
 【名詞】 1. ri (old measure) 2. 2. 44 miles 
: [いち]
  1. (num) one 

鯱ノ里一郎 : ウィキペディア日本語版
鯱ノ里一郎[しゃちのさと いちろう]
鯱ノ里 一郎(しゃちのさと いちろう、本名:松崎 一雄(旧姓:加藤)、1914年8月11日 - 1981年5月21日)は、愛知県名古屋市中区出身の元大相撲力士若枩部屋所属。最高位は西前頭3枚目(1938年5月場所)。現役時代の体格は179cm、130kg。得意手は左四つ、上手投げ、寄り。元小結射水川の養子。元関脇房錦の岳父であり養父。
== 人物 ==
四股名の鯱ノ里は名古屋城のシンボルである金鯱に因んだもの。改名する前の「太閤山」も出身地愛知ゆかりの豊臣秀吉にあやかったものだった。
美男力士として女性に人気が高かった。当時としては重量級で腰が重く、左四つからの投げを武器に横綱玉錦水入りの大相撲を見せるほどの実力があったが、のんびりした気性が災いしたか三役経験はなかった。アキレス腱を切って十両に陥落したものの再び幕内に返り咲き、実力の片鱗を見せた。出羽錦の著書ではある年の広島の駅前で行われた興行で飛付五人抜きが行われた際の逸話が記されておりそこには「入間川親方(木村宗次郎)が土俵下で観戦していた土地の暴力団幹部の上に落ち、支度部屋へ外から石の雨が降ってきた。最初のうちは我慢していたが、堪忍袋の緒を切らした鯱ノ里関が『小倉、太刀持ってこい』と歌舞伎役者並みの剣幕で命じた」という趣旨の内容が確認される。〔元出羽錦・田子ノ浦忠雄の名義『土俵の砂が知っている~涙と笑い・二十五年の生活記録~』一水社〕
引退後は西岩部屋(のち若松部屋)を創設し高砂一門下にあって房錦、岩風の両関脇や前頭大鷲らの個性派力士を育て上げた。相撲協会でも検査役や理事を務めた。
1968年、相撲協会の機構改革で、理事・監事が選挙で選出されるようになったとき、監事候補として立候補したが落選した。このためか、それ以後30年ほど、各一門で票の調整がおこなわれ、選挙は無投票が続いた。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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