翻訳と辞書
Words near each other
・ 飯能市
・ 飯能市民球場
・ 飯能市立飯能第一小学校
・ 飯能弁天本殿
・ 飯能弁財天
・ 飯能恵比寿神社
・ 飯能斎場
・ 飯能日高バイパス
・ 飯能暁中学校・高等学校
・ 飯能水天宮
飯能焼
・ 飯能狭山バイパス
・ 飯能町
・ 飯能県土整備事務所
・ 飯能短絡線
・ 飯能第一小学校
・ 飯能簡易裁判所
・ 飯能警察署
・ 飯能郵便局
・ 飯能都市圏


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

飯能焼 : ミニ英和和英辞書
飯能焼[はんのうやき]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [めし]
 【名詞】 1. (sl) meals 2. food 
: [よく, のう]
  1. (adv,n,vs) being skilled in 2. nicely 3. properly 4. well 5. skillfully 6. thoroughly

飯能焼 : ウィキペディア日本語版
飯能焼[はんのうやき]

飯能焼(はんのうやき)とは、もと埼玉県飯能市に産した陶器
生産されていた時期は、1830年天保元年) - 1887年明治20年)とされているが、正確な時代は調査中で判明していない。1888年(明治21年)につくられた『大日本陶磁器窯元一覧』では、前頭四十四枚目に「武蔵飯能焼」が記載されている。耐火性の強い生活雑器が中心。作風は、薄手の器で、絵柄を白絵土を絞って描かれている事を特徴とする。
近年、復興が図られ幾つかの窯が設立し、作品が販売されている。
矢颪村、白子村、真能寺村(飯能市)で矢颪窯・白子窯・原窯などと呼ばれていて窯跡が存在し、原窯の開窯以前に矢颪窯が存在したが創業及び廃業時期は記録が無く不明である。
発掘資料によると矢颪のイッチン描きの模様のタッチと原窯の初期のタッチが同一人物が書いたのでないかと思われる。原窯は天保年間に双木清吉双木八右エ門が焼き始め、その後子の双木新平、次は双木善七、そして最後の陶工双木佐七が明治20年に廃窯し1953年に没した。他に陶工は山本卯平となっているが明治になり侍を辞め飯能で焼物の商いを始めたようで(山本家による)、絵付師には腰塚小四郎などがいた。現在、虎澤英雄岸道生が飯能焼を復活させた。
飯能市八幡町(旧真能寺村)の原窯跡で近くの双木利夫があつめた飯能焼、およびその破片は双木本家飯能焼コレクションとして文化財に指定されている。
== 外部リンク ==

*
* 飯能焼(古飯能焼)について - 純飯能焼窯元 破草鞋窯(はそうあいがま) 陶工岸道生
category:日本の陶芸
category:埼玉県の文化

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「飯能焼」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.