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霍峻 : ウィキペディア日本語版
霍峻[かく しゅん]

霍 峻(かく しゅん、177年 - 216年)は、中国後漢時代末期の武将。仲邈荊州南郡枝江県の人。兄は霍篤。子は霍弋
== 事跡 ==
兄の死後、劉表の命により霍峻がその私兵を受け継いだ。建安13年(208年)に劉表が死去すると、霍峻は劉備に仕え、中郎将に任命された。
建安17年(212年)、劉備による益州劉璋攻めに際し、霍峻は葭萌(広漢郡)の守備を命じられた。この時、漢中張魯配下であった楊帛に寝返りを勧められるも、これを断ったという。その後、劉璋軍の扶禁・向存ら一万余人の軍勢に葭萌を包囲されたが、1年に亘り守り通した。そして数百の軍勢の中から精鋭を選抜し、城外へ出撃して扶禁・向存を破り、向存を斬った。建安19年(214年)、劉備が益州を平定すると、その功績により梓潼太守兼裨将軍に任じられた。
その後、3年(任官された年を1年と数える)職に在ったが、建安21年(216年)に死去した。享年40。劉備は彼の死を大変悲しみ、遺体を成都に迎え入れさせ、彼の葬儀に参列して墓の側で宿泊したという。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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