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里見助教授 : ミニ英和和英辞書
里見助教授[り]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [り]
 【名詞】 1. ri (old measure) 2. 2. 44 miles 
: [すけ]
 (n) assistance
助教 : [じょきょう]
 (n) assistant teacher
助教授 : [じょきょうじゅ]
 【名詞】 1. assistant professor 
教授 : [きょうじゅ]
  1. (n,vs) teaching 2. instruction 3. professor 

里見助教授 ( リダイレクト:里見脩二 ) : ウィキペディア日本語版
里見脩二[さとみ しゅうじ]

里見 脩二(さとみ しゅうじ)は、小説・ドラマ『白い巨塔』に登場する架空の人物。国立浪速大学病院第一内科助教授。財前五郎とは同期生で終生のライバル。もう一人の主人公と呼べる存在である。
==来歴・人物==
原作の設定では、大阪市出身。
幼くして父親を亡くし、母親も大学卒業を翌年に控えた年に亡くす。一回り以上年の離れた兄・清一がいる。長らく病理学教室に籍を置いており、財前のように偉くなりたいから大学に残っているのではなく、ただ研究がしたいから大学に残っているタイプの人間である。当然出世には無関心で、完全なる現場主義者。日に日に弱っていく患者を少しでも助けたいと病理学教室から第一内科へと転じるも、研究一途の姿勢は不変。政治力で医学部長にまで上り詰めた直属の上司、鵜飼は融通の利かない里見を煙たがっていた。しかし、病理学の大河内教授は里見の医学者としての姿勢を高く評価していた。
家族は妻の三知代、息子の好彦の3人家族で、法円坂の公団住宅に居住。(2003年版では再就職先の千成病院近くと思われる一軒家に引っ越している。)三知代は、原作では解剖学者で名古屋大学医学部長の羽田融(のち名誉教授、かつて浪速大学助教授を務めた)の娘という設定であったが、2003年版では、病気の父親の担当医が里見だったという設定になっている。
佐々木庸平の診察を担当。当初は結核の瘢痕と診断された肺の白い影を胃癌の肺転移と疑い、財前に検査を求めたが受け入れられなかった。その後容態が急変しても、里見は癌性肋膜炎を疑うが、財前は術後肺炎と断定し、遂に手術後患者を一度も診察せぬままドイツの外科学会に出張する。まもなく佐々木が亡くなると遺族を説得して病理解剖に同意させる。その結果、死因が術後肺炎ではなく癌性肋膜炎であると判明。遺族は財前を告訴する。
里見は遺族側の証人として、裁判でありのままを証言する。結果、鵜飼より山陰大学の教授職の斡旋を受ける(事実上の左遷。2003年版では同大学の保健センター付教授で、研究職からは完全に外される)が、これを断り大学病院を去る。後に大河内教授の紹介で近畿がんセンター第一診断部次長の籍を得る(2003年版では千成病院内科医長)。吉野十津川などでの検診など癌の早期発見に生きがいを見出す(2003年版では緩和ケア等、終末医療に従事する)。
その後、控訴審でも自ら証人となるほか、関口弁護士に助言したり柳原弘の説得を試み、証人の獲得に奔走するなど終始遺族をサポート。結果は遺族側の勝訴となる。
財前が敗訴直後に病に倒れると、行く手を阻む第一外科の医局員らを振り切ってその場で診察。「すぐに胃のレントゲン写真を撮るべきだ」と医局員らに告げる。そして翌日の深夜、密に近畿癌センターまで訪れた財前を診察。内視鏡検査で進行癌を発見するが、彼に本当の病を伝えられない。そして、財前の依頼により東貞蔵に財前の執刀を依頼して了承を得る。東による手術の結果手遅れと判明、開腹したのみに終わった後、当時開発されたばかりだった5-FUの使用を提言し、自らサンプルを提供するなど、最後まで財前のために全力を尽くした。東を訪れた帰りに佐枝子が財前の病状について問いただした時には、「財前君はかわいそうな奴です、病気で倒れたというだけでなく、いろいろな意味で本当にかわいそうな奴なんです」と心中を吐露している。
控訴審で真実を証言した結果、事実上大学から排斥された柳原のことも気にかけており、証言直後には、証言に関する証拠についてはできる限り協力を惜しまない旨、関口弁護士を通じて柳原に伝えた。その後は東が院長を務める近畿労災病院への就職を斡旋した。しかし大学に辞表を提出した柳原は高知県檮原の無医村へ行くことを告げ、無医村というところは一時の感傷で務まるものではない、どんな時も全村民の命が君の肩に掛ってくることになる、という里見の忠告にも応じなかった。柳原の強い意志を知った里見は、無医村で学位論文ができたら自分に送って欲しい、東と相談してしかるべき大学で学位が取れるように力添えしよう、と励まして彼を送り出した。
手術後、胃潰瘍との診断に疑問を持った財前が、真実を教えてくれとすがったのは、財前が人間として最も信頼していた里見だった。そして、その里見に赤いバラの花束を託したのは、財前が女として最も愛していた花森ケイ子であった。そして財前から、金井たちに真実を教えてくれるよう頼んでくれと依頼され、直後に行った鵜飼の部屋において、財前への病状の告知の是非を討論していた医師団の教授たちに対し、財前君はもうすべてを知っています、と語った。この時の会話が、財前と言葉を交わした最後となった。
そして、東らと共に財前の最期を看取り、大河内教授による病理解剖に立ち会う。1978年版では、財前の母黒川きぬを連れてくるが、死に目には間に合わなかった(その後は東と共に病棟を辞去し、解剖には立ち会っていない)。2003年版では、財前又一が、里見が来るのを待っていたかのようなうわ言を口にした財前の気持ちを思いやり、鵜飼らを促して病室を退席し、彼一人で最期を看取る。
なお、2003年版では財前が死の直前まで里見に浪速大学付属高度ガンセンターの内科部長就任を執拗に要求し、死後も鵜飼から就任要請を受けたものの、「患者に最後まで向き合いたい」と固辞、引き続き千成病院での職務に従事することを選んだ(柳原に対し「財前が生きていても断った」と話している)。
クラシック音楽に造詣が深く、自宅にはベートーヴェン第5交響曲のレコードが3枚あり、指揮者の解釈を楽しんでいた。また、小説ラストの、財前の病理解剖のシーンでは、同じくベートーヴェンの荘厳ミサの一節が胸に湧き上がる、という描写がある。
1978年版と2003年版では、彼の元で働く第一内科医局員に名前が付けられている(1978年版:谷山(堀内正美)、2003年版:竹内雄太(佐々木蔵之介))。谷山は里見をこよなく尊敬しており、たびたび第一外科の医局員と衝突した末に里見と共に浪速大学を出て近畿がんセンターに勤める。一方、竹内は里見を尊敬しつつもその政治力の無さを苦々しく思っており、しばしば冷ややかな姿勢を見せる。大学を去る里見に対し「勿体ない」と辞表の撤回を迫るが聞き入れられず、最後は里見との別れの握手を拒否した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「里見脩二」の詳細全文を読む




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