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越前屋俵太 : ミニ英和和英辞書
越前屋俵太[えちぜんや ひょうた]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ひょう, たわら]
 【名詞】 1. straw bag 2. bale 3. sack 4. bag counter

越前屋俵太 : ウィキペディア日本語版
越前屋俵太[えちぜんや ひょうた]

越前屋 俵太(えちぜんや ひょうた、本名、谷 雅徳(たに まさのり)1961年12月29日 - )は、日本の元お笑いタレント書家京都府京都市生まれ、城陽市育ち。血液型O型。大谷高校卒業。関西大学社会学部社会学科マスコミュニケーション学専攻除籍。所属事務所はアルファ・ウェイブ。書家としての号は俵 越山(たわら えつざん)。
== 略歴 ==
関西大学在学中、テレビ番組やラジオ番組の企画会社でアルバイトをしていた。その際に自身が番組に出演することになり、落語の「寿限無」に出てくるような長い芸名を考えたが、ディレクターに却下された。次に考えた芸名が、「越前屋俵太」だった。売れようとする気は全くなかったため、あえて画数の多い覚えられにくい名前にした。テレビ番組を企画・プロデュースする時や会社経営者としては、本名を使用している。
1981年、『笑ってる場合ですよ!』(フジテレビ)への出演をきっかけに全国区デビューを果たした。その後も『オールナイトニッポン』(ニッポン放送)や『OH!たけし』(日本テレビ)、『世界・ふしぎ発見!』(TBS)などに出演し、関西では『TV-JACK』や上岡龍太郎局長時代の『探偵!ナイトスクープ』(いずれも朝日放送)に出演した。特にナイトスクープには初代探偵として出演し、視聴率調査、抽象的なテーマについて市井の人々から強烈な個性のある意見を引き出す「調べてください」シリーズで絶大な人気を得た。
1993年に有限会社「越前屋電視社」を設立し、番組の企画・プロデュースを手掛けるようにもなった。同社企画協力および自身出演のローカル番組『俵太の達者でござる』(福井テレビ)が、1994年日本民間放送連盟賞のテレビ娯楽部門で最優秀賞を受賞した。1999年には監督・北野武からの推薦を得て、映画『THE HEARTMAN』(島田洋七主演)の監督も務めている。
その後もサイコロやなすび、あるいは動物の被り物をしながら、独特の「俵太ワールド」ともいうべき世界観を発揮した『バスDEコロコロ』や『BeeBee's Family』(いずれも関西テレビ)、『京都コンチキチン』(KBS京都テレビ)などでマニアックな人気を不動のものにした。さらに、番組で榊莫山宅を取材した際に彼の作品などに感銘を受けたことから、1996年頃からは俵越山を名乗っての決まりに縛られない自由な書道を始め、職人を訪ねて即興で文字を書くパフォーマンスなどで人気を集めるようになった。また、一時期桜島ポーランド(さくらじまポーランド)という名で写真家としても活動をしており、タイへ写真撮影の旅をするという番組企画『越前屋俵太のGO!GO!タイランド』(朝日放送)に参加した。
2003年から芸能活動を休止。2005年春頃に引退を示唆する挨拶状を親しい関係者に送ったと言われ、『誠のサイキック青年団』(ABCラジオ)でパーソナリティの北野誠が「俵太は芸能界を引退した」とコメントし、マスコミ各方面で「俵太引退か?」と報道されたため、多くの俵太フリークを心配させた。ただし、同番組において7月に「俵太さんとパーティーでばったり会った人の話」として、引退しているつもりはないが、引退と言われることを楽しんでいるらしいと伝えられた。以後、書家としての活動に軸足を移し、福祉施設に書の作品を寄贈するなどの活動を行っている。また、城陽市立図書館の協力を得て、小中学生向けに「書きたいように書く」ことで感性を伸ばす講座を2008年より開講した。現在は書家としての活動を続けているほか、ユニバーサル・マーケティング・デザイン株式会社の代表取締役社長と関西大学総合情報学部の客員教授を兼任している〔越前屋俵太さんが関大教授に ブームスポーツ2009年4月1日 〕。2013年現在はオフィシャルウェブサイトにおいても俵越山の名前のみが記載されており、越前屋俵太としての活動は事実上休止状態にある。オフィシャルウェブサイトに掲載されている2010年7月執筆の文章の中でも、タレント活動をしていた頃を「越前屋俵太時代」と記している〔俵越山個展04「自分書道にお手本なし」 〕。
2008年1月、『嗚呼!越山先生』(関西テレビ☆京都チャンネル)に書家・俵越山として出演した。この番組は、2009年4月30日の京都チャンネルの閉局をもって終了したが、『嗚呼!越山先生』の番組アーカイブは2009年6月から動画配信サイト「関西テレビ おんでま」で有料配信されている。2009年10月19日、同日19:00から生放送の『ふくい浪漫 い〜ざぁええDay スペシャル』(福井テレビ)にゲスト出演した。その後、その前身番組で彼が長年出演し続けていた『俵太の達者でござる』が同局で再放送された。
また、2006年より仁愛大学非常勤講師として、人間学部コミュニケーション学科のパーソナル・コミュニケーション論を担当している。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「越前屋俵太」の詳細全文を読む




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