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薬丸兼武 : ミニ英和和英辞書
薬丸兼武[やくまる かねたけ]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [まる]
 【名詞】 1. (1) circle 2. (2) full (month) 3. (3) perfection 4. purity 5. (4) suffix for ship names 
: [けん]
  1. (conj,n) and 2. in addition 3. concurrently 

薬丸兼武 : ウィキペディア日本語版
薬丸兼武[やくまる かねたけ]
薬丸 兼武(やくまる かねたけ、安永4年(1775年) - 天保6年7月14日1835年8月8日))は薩摩藩剣客久保之英の次男であったが薬丸兼富の養子となり薬丸家を継いだ。通称は、はじめ七郎兵衛、次いで新蔵、長左衛門。は兼尭、兼武。家格は小番。薬丸自顕流初代師範。実兄は久保之正。
剣客として名声があり、家伝の剣術に示現流を取り入れた如水伝、ジゲン流(薬丸自顕流)を立ち上げ示現流より独立し、薬丸自顕流(薬丸派示現流)初代師範となる。異端として藩に忌避されて屋久島に流され、そこで没した。
==経歴==

*安永4年(1775年):久保之英次男として誕生。
*天明8年(1788年)9月15日:病気で嗣子が望めなくなった兼富の養子となる。
*天明9年(1789年)1月27日:新蔵に改名。
*寛政10年(1798年)2月1日:江戸で長左衛門に改名。
*享和2年11月11日(1802年):江戸新番勤めを命じられる〔「薬丸文書」参照。〕。
*文化5年(1808年)5月16日:兼武が如水伝と称して、東郷家門人2、3人に誓書を提出させたため、問題になる。〔「示現流兵法」参照〕
*文化10年(1813年):徳之島代官として、徳之島に赴任。
*同年3月27日;徳之島の亀津に着く。
*文化12年(1815年)4月:任期満了につき帰鹿。
*天保3年(1832年):かつて実兄の久保之正が流された屋久島に遠島となってしまった。
*天保6年(1835年)7月14日:そのまま赦されることなく、屋久島の栗生で没した。享年61。嫡子の兼義が跡を継いだ。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「薬丸兼武」の詳細全文を読む




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