翻訳と辞書
Words near each other
・ 磯野文斎
・ 磯野日出夫
・ 磯野正典
・ 磯野波平
・ 磯野洋子
・ 磯野海平
・ 磯野直秀
・ 磯野舟
・ 磯野英生
・ 磯野藻屑源素太皆
磯野計
・ 磯野誠一
・ 磯野貴理
・ 磯野貴理子
・ 磯野長蔵
・ 磯釣
・ 磯釣り
・ 磯長
・ 磯長国
・ 磯長国造


Dictionary Lists
翻訳と辞書 辞書検索 [ 開発暫定版 ]
スポンサード リンク

磯野計 : ミニ英和和英辞書
磯野計[いその はかる]
=====================================
〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [いそ]
 【名詞】 1. beach 2. shore 3. seashore 
: [の]
 【名詞】 1. field 
: [けい]
  1. (n,n-suf) plan 

磯野計 : ウィキペディア日本語版
磯野計[いその はかる]
磯野 計(いその はかる、安政5年8月1858年9月) - 1897年明治30年)12月14日)は、19世紀実業家明治屋を創業した。
== 生涯 ==

=== 幼少期 ===
安政5年8月1858年9月)、美作国津山(現在の岡山県津山市)で、父の津山藩士・磯野湊と母・常の次男として生まれる。磯野家と母の実家の太田家は、ともに藩内で最上格の御譜代(明治維新時は35家)に含まれていた〔瀬岡、1991年、P.74〕。幼少期は四書五経を学び、明治元年(1868年)に10歳で神戸に出て、箕作麟祥の塾で英学を学んだ。翌明治2年(1869年)3月に麟祥が上京したため、計は津山に戻っている。
津山で数ヶ月間過ごした後、藩の留学生として上京すると箕作秋坪の三汊学舎に入塾して英語を学び、秋坪の助手的な役割を務めるようになった〔瀬岡、1991年、P.75〕。なお、久原躬弦や宇田川榕之助ら5名も同時に藩から留学している。さらに神保町にあった箕作麟祥の塾にも通い、久原・宇田川らと共に法律学を学んだ。同年10月には津山藩で政変が起き、父の湊は藩政改革を密かに企んだとして家名断絶を宣告されている。計はこれに悩み、2回ほど両国橋で自殺を考えた〔瀬岡、1991年、P.79〕。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「磯野計」の詳細全文を読む




スポンサード リンク
翻訳と辞書 : 翻訳のためのインターネットリソース

Copyright(C) kotoba.ne.jp 1997-2016. All Rights Reserved.