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砂子智彦 : ミニ英和和英辞書
砂子智彦[すなご]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

砂子 : [すなご]
 【名詞】 1. sand 2. gold or silver dust
: [こ, ね]
 (n) first sign of Chinese zodiac (The Rat, 11p.m.-1a.m., north, November)

砂子智彦 ( リダイレクト:砂子塾長 ) : ウィキペディア日本語版
砂子塾長[すなこじゅくちょう]
砂子塾長(すなこじゅくちょう、本名:砂子 智彦(すなこ ともひこ)、1964年11月6日 - )は、東京都出身の元レーシングドライバー
== 略歴 ==
往年の名ドライバー、砂子義一の子として生まれる。趣味はウェイクボードスノーボードスカイダイビングゴルフ等多彩である。また、愛犬家であり、スポーツランドSUGOで行われたレースの予選中に子犬がコースを横断して捕まえられ、保健所送りとなるこの子犬を引き取り『じゅく』と命名して愛育している。
1985年富士フレッシュマンレースでデビューし、その後全日本F3選手権やJSSを始めとする様々なレースカテゴリーに参戦する。1992年からN1耐久(現スーパー耐久)に参戦、日産ピーズモータースポーツ/メンテナンス&運営(現日産プリンス東京販売モータースポーツ室)から日産プリンス東京(チーム)としてスカイラインGT-R(BCNR33型)で1996年にスーパー耐久・クラス1でシリーズチャンピオンを獲得する。この時のセカンドドライバーは、福山英朗1997年からは全日本GT選手権(現SUPER GT)にも参戦するが、1998年5月に富士スピードウェイ太田哲也フェラーリ・F355と衝突した際に重傷を負い、しばらくレースから遠ざかることとなった。しかしリハビリに励んだことによって回復。のちレース復帰を果たし、様々なカテゴリーでレースに参戦し続けたが、2008年シーズン終了をもってレーシングドライバーを引退した。
テストドライバーや開発ドライバーとしても活躍する他、軽妙なキャラクターや話術から、雑誌記事の執筆やテレビ番組のレポーターなどでも活躍している。また、雑誌記事の企画で「リア駆動男塾」を開催、その場で「塾長」と呼ばれていた事から、現在の活動名の由来となり、1999年にはスカイラインGT-Rユーザー有志によって、十勝インターナショナルスピードウェイの協力の下「GT-R砂子塾 in TOKACHI」が開催、これが発展して十勝・東京・関西において私的ドライビングスクール「砂子塾」を開催するようになった。砂子塾のモットーは、『車をいかに安全に止められるか』である。塾生に対しては、レース参加者はもちろんサーキットでのフリー走行でも『無事故・無違反・完走』を強く提言している。十勝で毎年行われる十勝24時間レースでは、ピットウォーク時に北海道盲導犬協会と協力して募金活動を行うという側面も持っている。
なお引退後は「『普通のちょっと面白い小ヤジ・砂子智彦』に戻ります。」とのことで〔引退宣言 〕、家族揃って石垣島に移住する方針を明らかにしていたが〔東京中日スポーツ・2008年11月19日付〕、本人のブログによればその後西表島を経て、2013年現在は東京に戻ってきているという。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「砂子塾長」の詳細全文を読む




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