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白倉氏 : ミニ英和和英辞書
白倉氏[しらくらし]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [しろ]
 【名詞】 1. white 
: [そう]
 【名詞】 1. warehouse 2. cellar 3. magazine 4. granary 5. godown 6. depository 7. treasury 8. elevator
: [うじ]
 【名詞】 1. family name 2. lineage 3. birth 

白倉氏 : ウィキペディア日本語版
白倉氏[しらくらし]
白倉氏(しらくらし)は日本の氏族の一つ。児玉党の一族であり、上野国甘楽郡白倉に拠った戦国時代の武士。上州八家の一つで、関東管領山内上杉氏の重鎮として四宿老にも数えられた。
== 概要 ==
白倉氏は、児玉党の一族であり、上野国甘楽郡白倉〔甘楽郡上白倉村・下白倉村、北甘楽郡白倉村新屋村白倉、現・甘楽町大字白倉。白倉神社 )の所在地〕を本領とし、白倉氏を称した。
承久3年(1221年)の承久の乱で討死した白倉成季から白倉氏を称した。
その後、足利氏に従い、山之内上杉氏の家臣となった。
その後、上州八家(小幡氏・白倉氏・安中氏倉賀野氏桐生氏由良氏山上氏沼田氏)の一つに数えられ、白倉重佐(五左衛門)の代には関東管領上杉憲政のもと、四宿老(長尾氏大石氏・小幡氏・白倉氏)の一人に数えられた〔『講談社日本人名大辞典』講談社、2001年〕。
重佐の子・白倉道佐の代には、上杉謙信に仕え〔『関東幕注文』下野足利衆の長尾同心として小幡道佐として名が記されている。〕、上杉謙信が鎌倉で関東管領就任の儀式をしたさい、側近として付き添った〔『甲陽軍鑑』〕。しかし武田信玄箕輪城上野長野氏を攻めるとこれを支えきれず、永禄6年(1563年)武田氏に降った〔 『箕輪城と長野氏 (中世武士選書)』近藤義雄、戎光祥出版、2011年〕。
天正9年(1581年)武田氏が滅亡すると、道佐の子・白倉重家は織田家の重臣滝川一益に降り、天正10年(1582年)6月の神流川の戦いでは、滝川方に付いて戦った〔上毛古戦記〕。合戦に敗れた滝川一益が伊勢に逃げ帰ると北条氏直に降った。
天正18年(1590年小田原征伐では、白倉城甘楽町の歴史をたどる  麻場城(白倉城) 〕に弟・重高を置いて守らせ、白倉重家は小田原城に籠城した〔上州古城塁記〕。北条氏が滅亡すると、白倉氏も所領を失い没落した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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