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湯恩伯 : ミニ英和和英辞書
湯恩伯[とう おんはく]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [ゆ]
 【名詞】 1. hot water 
: [おん]
 【名詞】 1. favour 2. favor 3. obligation 4. debt of gratitude 
: [はく]
 【名詞】 1. count 2. earl 3. eldest brother 4. uncle 5. chief official 

湯恩伯 : ウィキペディア日本語版
湯恩伯[とう おんはく]

湯 恩伯(とう おんはく)は、中華民国台湾)の軍人。国民革命軍の軍人として様々な戦役で活躍、高級指揮官となったが、日中戦争国共内戦では多くの惨敗を喫している。旧名は克勤
== 事跡 ==

=== 陳儀との師弟関係 ===
初めは旧学を学び、1916年民国5年)に浙江省立第七中学に入学した。しかし、まもなく杭州体育専科学校に転じ、1920年(民国9年)に卒業して浙江軍に加入した。
その後、湯恩伯は日本に留学し、1922年3月、明治大学法科に入学している。1924年(民国13年)、資金不足もあって帰国したが、浙江軍第1師師長陳儀から資金援助を受けることができた。再度留学した湯は陸軍士官学校第18期砲兵科に入学し、1927年夏に卒業している。この経緯もあって、湯は陳を恩師として崇めることになった。
帰国後の湯恩伯はやはり陳儀の推挙もあって、浙江軍で少校参謀に昇進する。1928年(民国17年)末には、中央陸軍軍官学校で軍事教官に任ぜられ、第6期上校大隊長となった。このとき、湯は歩兵連隊の操典教材を執筆し、教育長の張治中からその内容を高く評価されている。1930年(民国19年)、中原大戦には教導師第1旅少将旅長として参戦している。戦後に第4師副師長兼第18旅旅長に昇進した。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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