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清水喜一郎 : ミニ英和和英辞書
清水喜一郎[しみず きいちろう]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

清水 : [せいすい, しみず]
 【名詞】 1. (1) spring water 2. (2) clear (pure) water
: [いち]
  1. (num) one 

清水喜一郎 : ウィキペディア日本語版
清水喜一郎[しみず きいちろう]

清水 喜一郎(しみず きいちろう、1924年5月10日 - 1964年2月28日)は、東京都出身のプロ野球選手二塁手遊撃手)。
== 来歴・人物 ==
京王商業学校(現・専修大学附属高等学校)在学中は、に第27回全国中等学校優勝野球大会日中戦争悪化により中止)東京府大会で準優勝〔第27回全国中等学校優勝野球大会東京大会(1941年7月23日~8月6日・こだわり高校野球のHP) 〕(決勝で帝京商業学校〔現・帝京大学中学校高等学校〕に0-14で大敗)。翌に戦時下の甲子園大会に出場した(初戦で、この大会優勝の徳島商に延長14回の激闘の末、1-2で惜敗)。京王商業時代のチームメイトに貫井丞治がいる。京王商卒業後は、貫井と共に明治大学でプレーした。
、貫井,大下弘と共に明治大学出身者を獲りたいチーム方針から、セネタースに入団した。同年7月19日パシフィック戦(西宮球場)でデビューした〔。打撃面ではやや難があったが、守備で活躍。「ペンギン」のあだ名で、飄々としたプレーで人気を博した。当時選手兼任監督だった苅田久徳との二遊間は「鉄壁の内野」と謳われたが、本人は苅田の名プレーに自信喪失気味だったと伝わる〔大道文著・『プロ野球選手・謎とロマン』(恒文社)より〕。シーズン終了後、現役引退した。
引退後は、世田谷区太子堂ネクタイ店「神崎商店」に勤務した。その後、ネクタイの外商、宝石商を営むがいずれも失敗し、1964年2月28日玉川上水入水自殺した。まだ39歳の若さだった。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
ウィキペディアで「清水喜一郎」の詳細全文を読む




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