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深尾重良 : ミニ英和和英辞書
深尾重良[ふかお しげよし]
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〔語彙分解〕的な部分一致の検索結果は以下の通りです。

: [お]
 【名詞】 1. tail 2. ridge 
: [おも]
  1. (adj-na,n) main 2. principal 3. important
: [りょう]
 【名詞】 1. good 

深尾重良 : ウィキペディア日本語版
深尾重良[ふかお しげよし]

深尾 重良(ふかお しげよし、弘治3年(1557年) - 寛永9年(1632年))は、日本戦国時代武将土佐藩首席家老。土佐藩佐川初代領主。通称・次郎兵衛、和泉守。十余代の祖。刑部高義が近江国深尾庄に居て氏を称した。
== 生涯 ==
重良は美濃国山県郡太郎丸城主で、はじめ土岐氏に、次いで織田信忠に仕えたが、本能寺の変後は織田信孝、さらに溝口秀勝に従った。その間しばしば武功を挙げた。
1585年(天正13年)、山内一豊江州長浜3万石の領主になったとき招かれて、200人扶持を受け客分となる。1590年(天正18年)、小田原征伐の時、一豊に従って山中城を攻め、武功を挙げる。一豊が掛川領主になると3千石を給わる。1600年(慶長5年)、一豊に従って土佐国に入部し、佐川1万石を給わって首席家老になる。以来、忠義の婚儀、江戸城修築、名古屋城築城、大坂冬の陣、夏の陣福島正則改易など、ことごとく処す。1630年(寛永7年)、家督を養子重昌に譲り、隠居料2千石を給わり高知に住む。1632年(寛永9年)没。

抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)
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